第6話 君と同じ…魔法少女だよ
霧の中に佇む自分の姿を水たまりに映して見つめたまま、しばらく動けなかった。目の前にいるのはどう見ても自分ではない。けれど、この動揺した心音や感覚が現実そのものであることを告げている。
「こんな見た目で…『俺』ってのもな…」
声に出した瞬間、その高く澄んだ音色に、さらに違和感が押し寄せてくる。普段使っている「俺」という一人称が、今のこの姿とあまりにかけ離れすぎているのがわかった。
「……まあ、『僕』ならギリギリセーフだろ。」
試しに口に出してみる。なんだか性に合わない気もするが、この状況では仕方がない。これから何が起こるかわからない以上、少しでも見た目に合わせた振る舞いをした方がよさそうだ。
覚悟を決めたその瞬間、霧の中から再び気配を感じた。こちらに向かってくる、はっきりとした足音。今度はさっきの黒い影や仮面の敵とは違う。むしろ人間らしい気配だ。
「…誰だ?」
声を出してみたが、足音は止まらない。やがて霧の中から現れたのは、鮮やかな白い衣装を身にまとった少女だった。金髪をポニーテールにまとめ、輝くような青い瞳がこちらを捉えている。
「やっぱり、ここにいたんだ。」
彼女は少し安心したような顔を見せると、静かに近づいてきた。その足取りは軽やかで、霧の中でも全く迷いがない。
「…君は?」
「こっちの台詞だよ。新しく出てきた子だね?」
彼女は笑みを浮かべながらそう言った。その言葉に、思わず眉をひそめる。新しく出てきた子…?どういうことだ?
「えっと・・・?」
少し戸惑いながら聞き返すと、彼女は「やっぱり何も知らないんだ」とでも言いたげに軽く肩をすくめた。
「まあ、仕方ないよね。突然こんな格好にされて、何もわからないまま戦わされたんだろうし。」
「どうしてそれを…」
彼女がこちらを見つめながら指差したのは、俺…いや、僕が身に着けているペンダントだった。その視線に従ってペンダントを見下ろすと、あの奇妙な模様が光を反射している。
「それが君をここに呼び込んだの。選ばれたんだよ。」
「選ばれた…?」
思わず呟いたその言葉が、この奇妙な状況をさらに混乱させた。選ばれるって何だ?それに、こんな姿で何をさせられるって言うんだ?
「そう。選ばれた者だけが持つ力。君もそれを手にしたんだよ。」
彼女は穏やかな口調で話しながら、ゆっくりと僕に近づいてきた。その距離感はどこか親しげで、緊張感をほぐそうとする意図が見え隠れしている。
少女は一歩、また一歩と僕に近づいてきた。白を基調にした衣装が霧の中でもくっきりと映え、その動きには無駄がなかった。まるで自分の立ち位置を完全に把握しているかのような、そんな落ち着きがある。
「私はソフィア。君と同じ…魔法少女だよ。」
彼女はにっこりと笑いながら、すっと右手を差し出してきた。その仕草には余裕すら感じられる。
「えっと…僕は…」
名前を名乗ろうとして言葉が詰まった。こんな状況でフルネームを名乗るのも妙だし、男の名前を言ったらどう反応されるのか想像がつかない。
「ん?どうしたの?もしかして名前、覚えてないとか?」
ソフィアは冗談っぽく首をかしげた。その仕草が、妙にこちらを焦らせる。
「いや…えっと、まだ混乱してて…。とにかく、僕もよくわからないけど、よろしく。」
握手に応じながら、適当な返事でごまかす。ソフィアは特に気にする様子もなく、そのまま手を離した。
「いいよ、今は無理に思い出さなくても。こっちだって、最初は混乱するものだから。」
彼女の軽い口調に少しホッとした。敵意がないだけでも、この異常な状況下では救いだ。
「それで…ソフィアって言ったっけ?君はどうしてここにいるの?」
僕の質問に、ソフィアは一瞬だけ表情を曇らせた。そしてすぐにいつもの笑顔を取り戻すと、軽く肩をすくめた。
「それを説明する前に、一つ確認しておきたいんだけど。」
「確認?」
「君、ペンダントを持ってるでしょ?」
ソフィアは僕の胸元を指さした。そこには、あの銀色に輝くペンダントが光を受けて鈍く輝いている。
「ああ、これのこと?」
僕がペンダントを軽く握ると、ソフィアは満足げに頷いた。
「それが君をここに呼び込んだんだよ。魔法少女の証だからね。」
「魔法少女…。」
その言葉に、改めて自分の姿を意識させられる。少女のような外見、ひらひらとした装備。確かにその言葉に合っている気もするが、僕自身は全く納得していない。
「なんで僕が…?」
「それは簡単。君には秘められた力があったんだよ。魔法少女に選ばれるのは、潜在能力の高い少女だけ。」
「…え?」
予想外の答えに、思わず硬直した。魔法少女が少女だけ…?いやいや、僕は男だ。どうしてこんな姿になって、こんな力を手にした?
「むしろ、君は魔法美少女ってレベルだね。」
ソフィアは何の疑いもない顔でそう言った。その無邪気さに、僕はますます言葉を失う。いや、本当は否定するべきだ。「僕は男だ」とはっきり言えばいい。けれど、この姿でそんなことを言ったらどうなる?どんな顔をされる?
「それにしても、君の装備、結構独特だね。力強そうっていうか、私たちには珍しいタイプかも。」
ソフィアは話題を変えたように僕の装備をまじまじと見つめた。その視線に耐えきれず、僕は話を合わせるように言葉を返す。
「君の装備もすごいよ。白と青で、なんていうか…綺麗だね。」
「ありがと。私は支援型だから、君みたいな前衛型の子が来てくれると助かるんだよね。」
「サポート型…?」
「そう、私の魔法は防御や回復が得意なの。だから、前衛で戦ってくれる仲間がいると心強いんだ。」
その説明に、ようやく彼女の言葉が少しずつ頭に入ってきた。魔法少女には役割があるらしい。僕はどうやら前衛で戦うタイプに分類されているようだ。
「でも、僕が選ばれた理由は本当にそれだけなのか?」
「理由なんてあんまり考えない方がいいよ。ペンダントは戦える人を選ぶんだから、君にその力があるってことなんだよ。」
ソフィアのその言葉に、何も言い返せなかった。選ばれた理由が何であれ、今の僕がこの状況に置かれているのは事実だ。
「それにしても、君、少し落ち着いてきたみたいだね。さっきはもっと戸惑ってる感じだったけど。」
「…まあ、少しは慣れたかな。」
「うん、その調子。そのうち全部わかるようになるから、あんまり焦らないで。」
ソフィアの柔らかな笑顔に、僕は少しだけ肩の力を抜いた。けれど、その胸の奥にはまだ「自分が男だ」という事実を隠している重圧が残っていた。
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