第5話 俺が…女になってる!?

静寂が訪れると同時に、俺はようやく息を整えることができた。目の前にいた黒い影は霧のように消えて、あの異様な気配も薄れていく。拳を開き、手袋越しに軽く指を動かしてみる。この妙な力の感覚にまだ慣れないが、何とか切り抜けられたことに安堵した。


「ふぅ…なんなんだよ、これ…」


自分の状況を整理しようとするが、頭の中は混乱の渦だった。黒い影、ペンダント、そしてこの奇妙な装備。一体何がどうなってる?しかし、その答えを考える間もなく、遠くから足音が聞こえてきた。


「おい!ここにいるのか!?」


声の主は田中だった。霧の向こうから走ってくる姿がぼんやりと見える。助かったようで何よりだが、ここで俺の姿を見られるのはまずい気がする。この奇妙な格好、絶対に笑いものにされる。


「くそっ、隠れる場所は…!」


周囲を見渡すが、霧ばかりで隠れる場所なんてどこにもない。仕方なく立ち尽くしたまま、田中を迎え撃つことにした。


「大丈夫か!?ここに誰かいないか!?」


田中が俺の方に駆け寄ってくる。だが、その足が霧を抜けた瞬間、彼は急にブレーキをかけた。


「うわっ…!?」


田中は俺の顔を見るなり目を丸くして立ち止まった。その反応が妙に引っかかる。なんでそんな驚いた顔をしてるんだ?ただの俺なのに…。


「おう、大丈夫だったか?」


俺はいつもの調子で田中に声をかけた。だが、その瞬間、田中の挙動がおかしくなった。驚きと混乱が入り混じったような顔をして、まるで何かを飲み込めないでいるようだった。


「え、えっと…あの…え、俺に話しかけてんの?」


「そうだよ。他に誰がいるんだ?」


言った瞬間、田中はさらに挙動不審になった。目を泳がせたり、急にうつむいたりと、まるで俺の声に怯えているようだった。それどころか、耳まで赤くなってる。


「え、えーっと…君、誰…?こんな危ないとこで何してるの?」


妙にぎこちない口調で話しかけてくる田中に、俺はますます違和感を覚えた。普段なら「陸、お前なんでこんな格好してんだよ!」とか軽口を叩いてくるはずだ。それが、何でこんなに遠慮がちなんだ?


「いや、お前が危ないから、助けに来たんだろ。何変なこと言ってんだ?」


俺が突っ込むと、田中はさらに混乱した顔をした。そして、まじまじと俺を見つめたかと思うと、言葉を詰まらせている。


「いやいや、そんな…助けに来た?っていうか、君誰?ほんとに…なんか美人すぎて…いや、別にそういう意味じゃなくて、えっと…!」


田中がますます支離滅裂なことを言い出して、俺は思わずため息をついた。


「お前、さっきから何言ってんだ?」


そう言いながら、自分でも違和感を覚えた。なんだこの声?普段の俺の声と全然違う。高いというか、妙に澄んでる。俺は咄嗟に自分の喉を押さえた。これが俺の声?そんな馬鹿な…。


田中はそんな俺を不思議そうに見ていたが、すぐに何かを思いついたように顔を上げた。


「いや、ほんと、ありがとう…?でも、俺、助かったから、じゃあこれで…!」


彼はなぜか急いでその場を去ろうとしたが、その挙動がどうにも引っかかる。俺は追いかけようとしたが、ふと足元に光る水たまりが目に入った。田中の背中を見送る間もなく、俺はその水面に映る自分の姿を覗き込んだ。


「ええっ!?何だこれ…!」


反射する姿を見て、俺は絶句した。そこに映っているのは、俺じゃなかった。いや、正確には俺のはずだけど、明らかに違う。肩まで伸びた髪、すらりとした顔立ち、そして妙に女らしい体つき。何だこれ、俺が…女になってる!?いや、それ以前にこの格好、まるでどっかのアニメのヒロインみたいじゃないか!


俺は反射的に水面から飛び退いた。頭の中で何度も「落ち着け、これは夢だ」と言い聞かせたが、目の前の現実は何も変わらなかった。


「いやいや、ちょっと待て…何なんだこれ…!?」

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