【12】本当に気持ち悪い
反射的に振り返った僕は、
その人物を見てドクンと心臓が跳ねた。
そこに居たのは、以前、ギャルさんと車に乗って消えた、
あの大学生らしき男だった。
相変わらず小洒落た服を着て、ガタイの良い体をしならせている。
「神崎さん。こんばんは」
「あれ?……かなた…だよな?」
「はい」
この男は、神崎という名前らしい。
神崎は、細く整えられたジェットコースターのような眉毛を、
脳天へと引っ張り上げている。
目が悪いのか、猫背になって目を細め、
ギャルさんの顔をまじまじと見つめた。
「ああ。やっぱ、かなたか。
なんか雰囲気変わった?なんか前とノリ違くない?」
「そうですか?以前あった時、
どんな風体だったか覚えていません」
僕は、片側が喋るたびに、その表情を確かめていた。
神崎は、口元を中心に柔軟に表情を変えていた。
なんだか、とても。絶対に認めたくない事だけど、
この人は、きっとモテるんだろうな。と思ってしまう。
顔の良さだけじゃなくて、喋り方や、その表情がとても豊かで、
きっと、顔を合わせて会話をすれば、楽しい気持ちになるだろう。
それに引き換え、ギャルさんの表情は、無だ。
まるで、和紙を貼ったばかりの障子みたいに、
ピンと張って、顔のパーツは少しも動かない。
僕は、嫌なやつだ。
ギャルさんの顔から笑みが、こぼれない事に安心しているのだから。
「あ〜、そっか。前の事、気にしちゃってる感じ?
あの時も言ったけどさ、ノリだから。機嫌なおしてよ」
前の事。
車で消えた日の事だろうか?
あの日、二人の間に、何かあった?
僕の頭に、嫌な妄想ばかり駆け巡る。
考えないようにしていたけれど、
ギャルさんが、以前と比べて別人の様になった事は事実で、
それには原因があるはずなんだ。
それがもし、神崎と『何か』があった事が原因だとするなら、
今、僕とギャルさんの間にある、未確認の『何か』は、
それの当てつけの様に見えてしまう。
それは、本当に、絶望的に嫌な事だ。
そんな気持ちが顔に出ていたのだと思う。
ギャルさんは、僕の顔を横目で悲しそうに見つめて、
それから、少しの間目をつむってから、口を開いた。
「神崎さん。すみません。
私の下半身を、いきなり触ったり、
キスをしようとした事を不問にするので、
一つ、若輩者の言葉を聞いてくれませんか?」
心臓が口から出るかと思った。
ギャルさんが、いきなり核心的な事を言うから、
僕は危うく腰を抜かすところだった。
「うっわwかなたちゃん、マジおこじゃんw
でも、なんだか、女になった!って感じするねw
良いよ、機嫌直してくれるなら、どんな言葉でも聞くからさw」
神崎の雰囲気が変わった。
軽薄な言葉使い。
その裏側に、自信に満ちた余裕が見える。
僕にはない、大人びた懐の深さを感じて、
なんだか、意味のない敗北感にかられる。
でも、僕は、不思議と不安を感じなかった。
不安のない敗北感は、初めての経験だった。
まるで波が一つもない水面の様な、
澄み渡ってブレない、ギャルさんの表情を見たから。かも知れない。
きっと、彼女は、これから日本刀で斬りつける様な、
鋭い言葉で、相手を斬りつける。
なぜか、僕にはそれが分かった。
「神崎さん。あなたはとても優秀な人です。
プライベートを充実させながら、医大でも優秀な成績を残していますし、
学生というステータスを上手に活かして、立ち回る要領の良さは、
男性として、とても有利だと思います」
べた褒めだ。
こんなに簡潔に、相手を褒める言葉があるのだと、
僕は、思わず関心してしまった。
現に、神崎は口の端を持ち上げて、
快感を感じている様だった。
でも、ギャルさんは、不気味なくらい表情を変えない。
「ちょっとwかなたちゃん!
褒めすぎだって!!難しい言葉よく知ってるね〜
でも驚いたな。そんな風に、見られてたんだ、俺。恥ずいw」
「はい。あなたの事は、良く見ています」
「そっか。なんかノリが変わって、面食らったけど
なんか納得した。かなたちゃんの気持ち。
凄く分かったよ。俺、真面目になっちゃおうかな」
神崎は、一歩前へ出た。
その時、ピクッと、ギャルさんの肩が揺れたのが見えた。
それを見た僕は、無意識に神崎の行く手を遮った。
「おっとwゴメンね〜
弟君?ちょと、俺ら、大人の話するから
退けててくれる?」
「……話、まだ終わってない」
「だからさ。その話すんのに邪魔なんだけど?」
僕は、なんとか声を出せた。
カラカラに口が乾いて、唇の裏側が歯に引っ付く。
「真響くん。ありがとう」
背後から、ギャルさんの声がする。
僕に向けられた声だ。
その声を背中に受けた僕は、
きっと、鉄砲で撃たれても彼女の前を退かないだろう。
勇気って、こういう感情なんだ。
知らなかった。
「神崎さん。まだ、話は終わってないです」
「いやwもう恥ずいからさw
続きは二人で聞くよw夜景の見える雰囲気のいいとこ、行こう?」
「本当に気持ち悪い」
背後から刺される様な感覚。
思わず、僕はビクッと震えた。
なんて冷たい声なんだろう。
その言葉に込められた拒絶の意思は、
表情を見なくても痛い程、良く分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます