【11】野太い声

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



店の裏には、石造りのベンチがあって、

そこへ、ギャルさんを挟む格好で、三人並んで座った。


ふと、ギャルさんの足元を見ると、

バッチリ着物で決めているのに、なぜかスニーカーを履いている。


などと、僕は短い現実逃避をした。


「ねぇ、あなた。たけるちゃんに言われた事が嫌だったの?」


ばあちゃんが慰める様な口調でそう言った。

僕は、ドキッとしてギャルさんの反応を待った。


ギャルさんは、顔に両手を当てがったまま、

何も言わず、首を横に振った。


「そう。なら、いいのよ。

 うん。きっと良い」


何が良いものか。

ギャルさんは泣いちゃったんだぞ。

よりにもよって、こんな冴えない男に泣かされたんだぞ。

良いことなんかあるかい。


僕は、心の中でそう叫んでみたが、

どうにも口に出すことは叶いそうにない。


だって、思うだけでこんなに虚しいんだ。

口にしたら、もっと虚しいに決まっている。


「かなたちゃん。あなたの事、そう呼んじゃうわね?」


「……はい」


ようやく、ギャルさん口を開いた。

顔は両手で塞がれたままだけど、

声が聞けて僕は少し安心した。


「この子は……たけるちゃんは、優しい子でねぇ。

 私が、足が悪いから何処にも出かけないのを気にしてね。

 こうやってお祭りに連れてきてくれるのよ」


「……はい」


「さっきだって、私の足を庇って、

 自分の膝に座る様にって……ふふ、変な格好なのにね?

 そんな事、気にしないの。おかしいでしょう?」


「…………」


「家でもね、何処か遊びに行ったら、必ずお土産を買ってくるのよ?

 私が気にしないで。って言っても、必ずなのよ?

 なんだかね、大事にされてるのが嬉しいの」


僕は、色々と横槍を入れたい気持ちだった。

でも、黙ってばあちゃんの話を聞かなくちゃいけない雰囲気だ。


くっ……恥ずかしいな。


「かなたちゃんがね。どんな気持ちなのか、わからないけど

 たけるちゃんは、悪い意味で言葉を使わない子よ。

 だからね、何か嫌なことがあったのなら、教えてあげて」


「………はい」



ばあちゃんの、説得に、ついにギャルさんが顔を上げる。

泣いた影響で、目の周りが赤くなっていたけど、

紫の瞳に、よく映えて、儚い美しさを感じた。


そんな目で見つめられたら、誰だってイチコロだ。



「私も、真響くんの……君の、そういうとこが大好き」



そうか。真響くんの、そういうとこが良いのか。


そうか、そうか。


真響くん?真響くんって誰だっけ?


あぁ、僕か。


僕?


……あっ?

…い……いま、なんて?

だいす……えっ?えっ?えっ?


思わず、僕の糸目が開いた。

生まれてこの方、こんなに目が開いた事はない。



「ほうら。やっぱり良い事だったわ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おばあちゃん疲れちゃったから、

 少し、休憩所で涼んでくるわぁ」


ばあちゃんは、そう言って、ニコニコしながら去って行った。

二人残された僕らは、気まづい沈黙の中で、

シンプルな答えを探り合っていたと思う。


少なくとも、僕は、そうだった。


でも、答えを探る為の勇気が、僕にはなかった。


そんな時ギャルさんが立ち上がって、本殿のある境内を指差した。

僕はそれに黙って頷いた。



僕たちは、薄暗い境内の端に並んで立った。

近い様な、遠い様な距離感で。



僕は、少し高い場所から見える、

夏祭りの様子を見つめていた。


隣のギャルさんは、遠くを見ている。

何を見ているのかは、わからない。


その時、聞き覚えのある歌謡曲が聞こえた。

CD音源じゃなくて、生の声だ。

どうやら例の、有名な歌手が歌い始めた様だ。


僕は、ギャルさんは、それが見たかったのか。と思って、

横を見たけど、その視線は全然別の所にあって、

その方向には、いつもの駅と繁華街しかない。


ギャルさんは、境内に来て何がしたかったんだろう。


「ゆりか」


「え?」


「ほら。私の友達の」


「ああ…名切さん」


そういえば、最後に会った時、

家出した名切さんと一緒だった。


あの一件は、解決したんだろうか?


「ゆりかの両親、近々、離婚するの」


「……そっか、それで名切さんは家出を?」


「うん。それだけじゃないけどね」


なるほど、あの茶髪カールも納得できる理由があった訳だ。

親への反発と言うのなら、名切さんなら、とても有効な手だと思う。


「名切さんは、大丈夫そう?」


「……きっとね。これで、大丈夫だと思う」


……なんだろう。

何か、違和感のある言葉だった。


でも、穏やかな顔で目を細めるギャルさんを見ていると、

僕は、そんな事どうでもよくなった。


「それで……」


僕は、そんな彼女の仕草を見て、

少しづつ勇気が溜まってくるのを感じていた。


受け取った言葉に、ヤキモキしたまま、

一人で妄想を膨らませるのは、やめにしたい。


野田。僕は、本当にこれが勘違いなのかどうか、

確かめてみる事にするよ。


「真響くん。何か、私に聞きたい?」


「うん」


ギャルさんは、鼻をツンと上にして、

少し子供っぽい仕草をとった。

相変わらずの見透かした様な言葉だった。


彼女の顔半分は、提灯のオレンジ色の明かりを受けて、

まるでお月様みたいに輝いて見えた。


僕の口から勇気が飛び出そうとして……



「あれぇ?かなたじゃん。こんなとこで何してんの?」



それよりも先に背後から、野太い声がした。

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