【10】ばあちゃんの椅子になる

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神社の入り口には、長い階段がある。

それを上り鳥居をくぐって、

真っ直ぐに本殿へと伸びる石畳は、

毎年、祭りになると、鮮やかに変貌する。


灯篭から、灯篭へと渡された縄に、真っ赤な提灯が飾られて、

オレンジ色の光で、立ち並ぶ露店を照らしている。


たこ焼き。わたあめ。イカ焼き。焼きそば。

的当て、お面屋さん。型抜き。金魚すくい。



夏の祭りを彩る、代名詞たちばかりだ。


そこに、老若男女が溢れかえれば、まさに夏の風物詩。


「ばあちゃん、階段、足大丈夫?」


「ええ、たけちゃんのお陰で大丈夫よぉ〜

 それにしてもすごい人ねぇ。いつもこんなに多かったかしら?」


しかも、今年は、イベント会場に有名な歌手が来るとかで、

例年よりも人の数が多い。

ばあちゃんも「見てみたいわぁ〜」と、鼻息を荒くしていたはずだけど。


芸能に疎い僕は、あまり関心がないけれど、

普段、人がいない場所に沢山の人が居るのは、

なんだか嬉しい気持ちになる。


それと同時に、何か、急かされるような感覚になって、

楽しまないと損をするような気持ちになった。


「ばあちゃん。手貸して、

 はぐれると、いけないから」


「ふふ。たけるちゃん。もし女の子と一緒に来ても

 そう言ってあげるのよぉ?」


「もう!茶化さないでよ!!」


僕は、照れ隠しに、ばあちゃんの横腹を指でつついた。

ばあちゃんは、それに「ふふ」と、笑みをこぼした。


「今年の夏祭りね、何か、人手が足りないから危ないとか、

 なんとかね、すごい苦情を言ってきた人が居るみたいなの」


「あ〜。居るよなぁ〜そういう人。

 なんかやる時に、口うるさく言ってくるやつ」


どこにでも、そういう人は居るもんだ、

いちいち気にしてたら、きりがない。

僕も、そんな人からの悪評を気にせずに、

今日は、ばあちゃんの椅子になるつもりだ。


僕とばあちゃんは、ゆっくりと露店を見て回り

目当ての金魚すくいにたどり着く。


「さ!ばあちゃん!」


「今更だけど……本当にするの?たけるちゃん」


「もちろんだよ!!おじさん!金魚すくいやらせて!」


金魚すくい屋のおじさんは、僕とばあちゃんを交互に見て、

「あいよぉ!男前には、二枚サービスだ!!」と、

すくい用の網を、おまけしてくれた。


「ありがとうねぇ、それじゃ、おばあちゃん、張り切っちゃうわよぉ〜」


そう言って、金魚を追いかけるばあちゃんだけど、

僕は、ばあちゃんが根っからの不器用だと知っているので、

あちらこちらと、金魚に振り回される姿を見て、苦笑いした。


「難しいわねぇ〜」


「ほら、そこ!金魚が集まってるよ!

 手を支えてあげるから、伸ばして」


「こうかしらぁ?」


「そうそう!」


「あらら。破けちゃったわぁ」


「はい、これ。もう一枚あるから」


「たけるちゃんはしないの?」


「僕は大丈夫だよ。ばあちゃん、やってよ!」


「ありがとう。たけるちゃん」


楽しそうな、ばあちゃんを見てると、

僕もなんだか嬉しかった。


ふと、何気無しに境内の方を見た。


石畳の果て、その真ん中に色味の鮮やかな、

今時の着物に身を包んだ少女が居る。


白みがかった薄い金色の長髪。

ツンとした鋭い目端と、紫の瞳。

プリンとして小さな唇には、赤いリップ。


モデル雑誌から飛び出したような、線の細い少女だ。


ギャルさんだ。

僕は、一目でわかった。


彼女は、誰かを探しているのか、

綺麗な髪飾りの付いた頭を、

ゆっくりと左右に動かしている。


その時、何か、胸騒ぎがした。


彼女が誰を探しているのか、

見ては、いけない気がした。


「…………」


でも、僕はギャルさんから目が離せなかった。


人混みの中で、一層映える彼女の姿が、

あまりにも綺麗で、僕は視線の外し方を忘れた。


「あっ!!」


その時、遠くの彼女と目があった気がした。

彼女は、大きく手を振って、人混みを避けて小走りになった。


僕は、嬉しくなって手を振り返そうとして、

その手をギュッとして、下に降ろした。


ああ。いけない。

これは、いつもの勘違いだ。


きっと、後ろを振り向けば、

あの茶髪の大学生が立っているんだ。


僕の事なんか、居ないみたいに、すり抜けて、

彼女は何処かへ行ってしまう。


僕の知らない何処かへ。


いやだ。


本当にいやだ。


お願いだよ、御崎さん。

どうか、一瞬でも良いから、

僕に視線を向けてよ。


僕のとこまで、来てよ。


「……っく」


僕は、耐えられなくて目を逸らして、顔を伏せた。


「たけるちゃん?どうかしたの?」


「……なんでもない」


「お友達でも居たのかしら?

 あっ!そこよ!!」


バシャっと、水しぶきが上がって

ばあちゃんの網で、金魚が跳ねた。


「やったわ!たけるちゃん!

 一番綺麗な子よ!見て見て!!」


ばあちゃんが、喜んでる。

それで、良いじゃないか。


「はは!!すごいや!!

 本当に一番綺麗な子だ!!」


お椀の中で元気よく泳ぐ金魚を見る。

赤と、黒と、白。それと、少し金色が入っている。

あまり見た事のない珍しい柄だ。


「ありがとうね。たけるちゃん、

 この子、大事にするね」


「うん」


さて、婆ちゃんの喜ぶ顔も観れたし、

これでもう満足だ。焼きそばでも買って帰ろうか。


その時、人の気配が風を引き連れて現れ、

ふわっと、桃の香りが舞った。



「はぁ…はぁ…おじさん。私も一回、お願いします」



耳に覚えのある、吐息交じりの甘い声。

僕と、ばあちゃんの真横、紫色の目がこちらを見つめている。


「み…御崎さん?」


「はぁ…はぁ……さっき」


ギャルさんは、グイッと、僕に顔を近づける。

細い鼻筋に、薄っすら汗が滲んで光っていた。


「えっ…えっ?」


「目があったのに、無視したでしょ?」


「い……いや……その」


僕が挙動不審になっていると、

ばあちゃんが、急いで膝の上から降りた。

どうやら、何か文句をつけられたと、勘違いしているみたいだ。


それに気付いた僕が、訂正する間も無く、

ばあちゃんは、ピシッと背筋を伸ばしてギャルさんに、なおった。


「すみません。邪魔をしてしまったようで……すぐに退けますから」


それを見たギャルさんは、同じように姿勢を正すと、軽く一礼をした。

とても高校生とは思えない、綺麗な所作だった。


「こんばんは。真響くんの同級生の、御崎かなたです。」


ギャルさんの自己紹介を受けて、

ばあちゃんは、少し首をかしげると、

硬くした表情を崩して、いつも通りの笑顔になる。


「あら!何かと思えば、そういうこと〜?

 こんばんは。たけるちゃんの、おばあちゃんです」


「いつも、真響くんにはお世話になっています」


「え〜?そうなのぉ?まぁ、たけるちゃんが〜?

 ふふふ!!そうなのぉ〜?」


「はい」


僕は、唖然とそのやりとりを見ていたけど、

ふと我に帰り、その間に割って入る。


「ちょちょちょ!!待って!!

 どういう事!?御崎さん!誰かと待ち合わせしてるんじゃ?」


ギャルさんは、少し姿勢を崩してから、

僕の目を覗き込む。


なぜか、とても真剣な目だった。


「誰とも来てないよ。私、一人で来たの」


「えっ…そっかぁ」


それでも、僕の目には、

誰かを探すギャルさんの姿が、まだ残っている。


また、からかっているんだろう。


「真響くんは、おばあちゃんと一緒なんだね。偉いんだ」


「あっ」


ギャルさんの言葉で、先ほどのまでの状況を振り返る。


ばあちゃんを膝に乗せて、はしゃいでいた僕、

その状況は、はたから見れば、とても異様だったはずだ。


それに、浴衣姿でバッチリ決まっているギャルさんと、

着の身着のまま、ダサい格好の自分を比べてしまう。


途端、冷や汗が吹き出てくるのを感じた、

恥ずかしい気持ちや、ダサい自分への失望が混ぜこぜになる。


ギャルさんの言葉が、頭に響いて、

それが嘲笑するような言葉に思えて。


誰かを探していたギャルさんの姿と、

ばあちゃんを膝に乗せていたダサい僕とが、

頭の中でグチャグチャになる。


僕は、野田に言われた言葉を思い出した。


僕は、真剣な顔で御崎さんに向いた。

ギャルさんは、そんな僕を見て、少し首を引いた。

少し、困っているように見えた。


ようし、今しかない。


野田の言う、主張とやらをぶつけてやる。

誰かの練習台になんて、なるもんか。

やり返しの言葉をぶつけてやる。


ばあちゃんの意見から着想を得た、女性が喜ぶ、

あま〜い言葉、それをぶつけるんだ。


おかしくなった僕は、

用意していた言葉を、そのまま口にする。



「今日、君に会いたくて。僕は、ここまで来たんだ」



言い終わってすぐに、僕はギャルさんから視線を逸らして。


コンマ一秒で後悔した。


気分が、一気に冷めて冷静になる。

なんで言ってしまった後に、冷静になるんだろうか、

言う前に冷静になってくれれば、こんな失態を犯さなかったのに、

僕は、ほとほと、自分の心が嫌いになりそうだ。


反応を見るのが怖い。

返ってくる言葉が怖い。

この後の全てが怖い。


「あらまぁ!大変!!たけるちゃん!!!」


ばあちゃんが騒いでいるのが、わかったけど、

今はそっとしておいてください。

あなたの孫は、今、絶望の淵に立っているのですよ。


「あらあら!どうしましょう!!」


「?」


何やら、ばあちゃんの反応がおかしい。


僕は、何が起こっているのか、

確かめようとしてギャルさんを見た。


くしゃくしゃになった顔が見えた。


目鼻を真っ赤にして、視線を下げたまま、

まるで、駄々をこねる子どもの様に、泣いている。


僕が想像した、どの反応とも違うギャルさんを見て、

頭が真っ白になって、立ち尽くしてしまう。


「……そんなん……言われたかったなぁ…って……

 ……言われたかったんだぁ……ずっと…思って……

 大事に……されたかったんだなぁ……って……私」


支離滅裂だ。


ギャルさんが何を伝えたいのか、僕にはわからない。

でも、これが生半可な、感情じゃないのはわかった。


「ごめん!!変な事言ってごめん!!

 気に障ったよね!?

 あぁあ!!どうしよう!ばあちゃん!!」


「そそそ!!そうねぇえ!!えっとえっと!!

 金魚!!ねぇ、あなた!!この金魚あげるわぁ!!

 すごく綺麗なのよ!!」


「そうなんだぁ!!これはね!!グッドな金魚なんだよ!!」


パニックになった僕とばあちゃんは、

二人して金魚の入ったお椀を差し出してみる。


「ぅうう〜!!!」


ギャルさんは、手をグーにして、唸り声をあげた。

どうやら、この方法じゃダメみたいだ。

でもどうすればいいんだ!?これがダメならもう、打つ手がないぞ!!

お金でもあげようか!?


「なぁ……兄ちゃん達、とりあえず店の裏に行きな。

 いっぺん、落ち着いて話してみろよ」


そう言ったのは、状況を見かねた金魚すくい屋のおじさんだ。

この場で、一番冷静なのは、間違いなくこの人だ。



僕たちは、おじさんの好意に甘えて、店の裏に移動した。


ばあちゃんは、泣きじゃくるギャルさんの背中をさすり、

僕は、ただ、ギャルさんの横に並んで歩いた。

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