【9】分水嶺
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次の日、僕の補習の最終日。
ギャルさんは教室に来なかった。
補習が終わった事で、接点のなくなった僕は、
当初の予定通り、ゲーム計画を実行していた。
こうやって、日常に帰ってみると、
今までギャルさんと過ごしていた数日が嘘のように感じた。
結局、誰も『ドッキリ大成功』のプラカードを持って来なかった。
この事について、僕は少し頭を悩ませたけど、
具合の良い答えは見つからなくて、
『一夏の思い出』というカテゴリで、脳内の棚に収納する事にした。
夏休みの中間、野田とキャンプに行った。
二人で話し合って、カレーを作ろうと言っていたのに、
野田の奴が、レトルトのカレーを持ってきていて、
その事で喧嘩になりそうだったけど、
お米を炊くのに失敗して、ビチョビチョのお粥ができた時、
リアリストの野田が正しかったと思い知った。
カレーなんて作っていたら、どうなっていた事か。
僕は、謝りがてらに、ギャルさんとの一件を相談すると、
野田は、また呆れた口調で説教してきた。
夜が来て、キャンプ地の河原は、真っ暗になった。
家も街灯もなく、車も通らない。
真の暗闇の世界だ。
川のせせらぎと、鈴虫の合唱。
月が反射して、暗闇に流水の模様がキラキラと光っている。
僕らは、飲めもしないブラックコーヒーを片手に、
苦い苦いと舌を出しながら、折りたたみ椅子に背中を預け、
ふんぞり返っていた。
「女っていうのはな。言葉で男を狂わせるんだ。
思わせぶりなことを言って、反応を見て練習してんだよ」
野田は、突然そんなことを言って
河原の丸石を投げると、暗闇に、チャポンと、光の波紋を描いた。
「練習?」
「そうだ。本番の為にするのが練習だ。
つまりは、たけるが言われたような言葉をだな、
本命の男に使えるかどうか、試してんだよ」
「え〜それは、あんまりじゃないか」
「だろ?だが女とは、そういう生き物なのだよ。たける君」
「野田博士!!僕らに人権は、ないのですか!?」
「良い質問だ。たける君。
僕らにも人権はある!!」
「おお!!博士!!」
「だから主張しないとな」
「主張?主張ってなにをさ?」
「やり返してやるんだよ」
「ん〜?………博士!!僕にはわかりません!!」
「良いか、よく聞くのじゃ、たけるよ……
耳が糖尿病になりそうな、あま〜い言葉をぶつけてやるのじゃよ
そしたらば、向こうさんの化けの皮が剥がれるであろう」
「皮が剥がれたら……何が出てくるんですか!?老師!!!」
「怪物じゃよ」
「怪物には、怪物をぶつけるしかない!!
性獣野田を、攻撃表示で特殊召喚!!」
「誰が性欲の怪獣だぁ!!このやろう!!」
ヒャヒャヒャと、僕たちの笑い声が河原に響いた。
夏は、まだ長い。
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僕は、夢を見た。
それは、デタラメな内容の夢じゃなくて、
昔の記憶をなぞった内容の夢だ。
白い猫が、毛布の真ん中で丸くなっている。
尻尾が二つある、変な猫だ。
ああ、懐かしいな。
すっかり忘れていた。
僕は、その猫を抱き上げて頬ずりして、
小さな、おデコにキスをした。
暖かい体温が、唇から伝わって、
柔らかい毛の感触が、とても愛おしい。
二つ尻尾の猫は、僕の愛着に、耳の後ろを擦りつけて答えてくる。
『もうすぐ、
猫が、悠長な日本語でそう言ったところで、
僕は夢から目覚めた。
「……チョキ?」
僕は、虚空に向かってそう言った。
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「おばあちゃんね、金魚すくいがしたいわぁ〜」
暑さがまどろんで、鈴虫の演奏会が開演する午後6時、
食後のお茶で一息入れながら、ばあちゃんは突然そう言った。
机の上には、近所の神社で毎年開かれる夏祭りのチラシがある。
「若者に大人気の歌手も来るみたいよぉ〜
おばあちゃん興味があるわぁ」
「良いね!行こうよ」
おばあちゃんは、あまり自分のしたい事を言わない。
だから僕は、そういう機会を見逃さないように心掛けている。
別に、おばあちゃんに良い格好したいだとか、
日頃のお礼がしたいだとか、
そういう、良い子ちゃん的な行動じゃなくて、
日頃、自分を犠牲にしている人は、
こういう時こそ優先されるべきだと考えているからだ。
つまり、僕自身が、そうされたい。という願望でもあるけど。
「でもねぇ〜おばあちゃん、足が悪いから
きっと屈むのは無理よ〜金魚さんのプールに落っこちちゃうかも」
確かに膝を痛めている、ばあちゃんには、
座り込んで金魚をすくう体勢がキツそうだ。
どうにか、良い手は無いかな……
何か、座れるものがあれば。
お!良い事を思いついたぞ!!
「ばあちゃん!ちょっとこっち来て!!」
「ん〜?なぁに?」
僕は、台所の広い場所に膝をついて、
地面に足の裏をつけている方の、太ももを指差す。
「ここに座りなよ!そうすれば、足痛くないかも!」
「えぇ〜なんか、恥ずかしいわよ」
「いいから!いいから!ほら!!」
「う〜ん。たけるちゃんがそう言うなら、試しちゃおうかしら?」
ばあちゃんは、そう言ってドスンと僕の足に体重をかけてくる。
うっ……意外と、重いな。
でも、耐えられない程じゃないぞ。
「あらぁ……意外に、座りがいいわねぇ」
「いいね!!じゃあ!これで約束!!」
「ありがとうねぇ、たけるちゃん」
夏祭りのチラシを見て、日程を確認する。
ふと、チラシに描かれている、
浴衣姿の女性のイラストに目がいく。
ギャルさん……来るのかなぁ。
可能性は、大いにある。
ギャルさんの家が、どこにあるのかは知らないが、
確か、通学時間は30分くらいだと言っていた。
それで自転車通学じゃないとすると、
電車と徒歩での通学という事で、駅から学校までは、
おおよそ、15分なら電車で15分かかるわけで、
駅と神社は目と鼻の先だ。
夏祭りに行く距離としては、問題にならないはず。
神社の夏祭りは毎年やってるし、祭り自体は知ってると思うし、
それなら、ふらっと遊びに来ても、おかしくはないはずだ。
「たけるちゃん。いい子なんだけどねぇ、
その考え込む癖が、おばあちゃん、心配だわぁ」
でも、もしギャルさんに会えたとして、
僕は何か用事を作れるだろうか?
用事でなくても、話す口実でもいい。
その時、ふと、キャンプの時に、
野田が言った言葉を思い出す。
「糖尿病になるくらい、あま〜い。かぁ」
「やだわ、たけるちゃん。
あなた、まだそんな事心配する歳じゃないわよ」
「ねぇ!ばあちゃん!
女の人ってさ!どんな言葉を言われると嬉しいの?」
「あらら。たけるちゃん。それ、
おばあちゃんに聞く事で、あってるかしら?」
「だって、他にいないし」
「そうねぇ……おばあちゃんの嬉しいので、いいならだけど、
八百屋のマリちゃん居るでしょう?この間、家に来てくれた時に、
子供を連れてきてたんだけどねぇ、その子が『会いにきたよ』って、
言ってくれてねぇ、あれが嬉しかったわねぇ」
「会いにきた……かぁ」
これをベースに『あま〜い』って奴を、考えておくかな。
まぁ、もしもだけどね。
うん。僕は期待して空回りしないぞ。
絶対にするもんか!!
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