【8】苦手なチョコミント

彼女の事を一目で判断できなかったのは、

ほんの数日まで、彼女の印象を決定していた、

しっとりとした黒髪ストレートが、

カールした茶髪へと変貌していたからだ。


「やっと見つけた。かなた。こんな所で何してるの?」


「ゆりか。久しぶり」


ギャルさんも、この姿になった名切さんを見るのは、初めてなのか、

やや、他人行儀な態度だ。


「久しぶりじゃないよ。

 かなた、何してたの?

 ずっと電話も無視するし」


「ごめんね。ちょっと忙しくて」


「神崎さんも、坂上くんも、かなたと連絡つかないって」


「あ〜うん。また連絡返しておくね」


「何それ……ちょっとどうしたの?かなた」


居た堪れない。

僕は、二人の会話を、ただ気配を消して見守る事しか出来ない。

色々と情報が多過ぎて、僕じゃ全く太刀打ちできそうにない。


そう思っていると、唇にヒヤリとした感触。

ツンとしたハッカの様な香りが漂う。


ギャルさんが、突然、僕の口に食べかけのチョコミントを当てがってきた。


え?なに!?どゆこと!!??


「ねぇ。ゆりか。私が言ってもね。

 説得力がないかもだけど……」


「なによ……ていうか、その喋り方なに?

 やっぱおかしいよ。かなた」


「うん。でも、聞いて。

 家の人がきっと心配してる。

 もう、家に帰りなよ」


ギャルさんの言葉で、名切さんの顔が強張る。

眉間にしわを寄せて、目の周りが強い怒りで硬くなっている。


どうやら、口ぶりから察するに、名切さんは家出中みたいだ。


「別にさ……そんな事、言われる筋合いないんだけど。

 かなたも、いつも外泊してるじゃない」


「そうだね。でもね。頭の悪い私と違って

 ゆりかは、分別の分かる頭の良い子だよ

 きっと、罪悪感でいっぱいだと思うけどな」


「ねぇ。ちょっと待ってよ。

 かなた変すぎるよ?ダルい事言い過ぎ」


「うん。ダルい事言ってごめんね」


やっぱり何かおかしい。

いつもの二人では考えられない雰囲気だ。


僕は、あまり二人の事が分かっていない。

普段、二人がどんな会話をしていて、

どれだけお互いのことを理解しているのか、

想像もできない。


でも、今の二人はいつもと違う。


二人の『いつも』を知らない僕でも、

そう断言出来るほどに。


「何かあるなら言ってよ。私、かなたの事わかんないよ」


名切さんは、とても不安定に見えた。

家出中というシュチュエーションと、

いつもと違うギャルさんに不安を感じているのだろう。


ギャルさんは、そんな名切さんをゆっくりと見つめてから、

スッと立ち上がり。一歩、前へ出た。


「ゆりか」


「なに?」


「私は、あなたの事、大好きだよ」


ブワっと汗が吹き出る。

なんの関係もない僕がそうなるのだから、

言われた本人は、もっとだろう。


名切さんの顔が、鼻先から頬に向かい

ゆっくりと赤くなっていく。


「なっ……何なのよ。いきなり……

 かなた……あなた、今日死ぬの?」


「…………」


名切さんの問い掛けに、押し黙るギャルさん。

そして、なぜか僕を見ている。

どうして、今、こちらを見るのだろう。

頼むから、僕の方を見ないでほしい。


「ていうか、君は……オタク君はなに?

 なんでここに居るの?」


「僕は、無害な生き物です。

 アイスを食べるだけが取り柄の虫です」


飛び火されたらたまらない。

僕はできるだけ穏便にしようと、

俯いて小さい動作で、アイスをかじった。


あっ……しまった、これギャルさんのアイスだ。


「おいしい?」


そんな僕を見て、ニッコリと笑うギャルさんに、

なぜだか、守られている様な安心を覚えた。


「……はい」


苦手なチョコミントが、好きになりそうです。


「かなたがキモくなったのはさ……オタク君のせいなんだ?」


「え?」


「……マジで意味わからない。何なの?君」


うわ!うわうわ!!

あの真面目な名切さんが怒ってる!!


めっちゃ怒ってる!!


どうしよう!どうしよう!!

僕が悪いのか!?


「オタク君じゃないよ。真響くんだよ」


ピシャッと。


まるで扉を閉める様に、名切さんと僕の間に割って入るギャルさん。

その口調は、食堂で僕をたしなめた時と同じ姿勢だ。


「はぁ!?かなただってさ!!イジってさ!!

 キモいって面白がってたじゃん!!!

 急になんなの!!……私さ……なんかした?……ねぇ……」


大きな瞳に、小さな雫。

名切さんの水晶の様な瞳が、潤んで

とうとう涙声になってきた。


名切さんは、それを手で隠しながら背中を向けた。

誰だって泣いている所を、人に見られたくは無いものだ。


ギャルさんは、それをじーっと見つめていた。

そして、ゆっくり名切さんに近づいて、

体全体で包み込む様に、背中から彼女を抱きしめた。


「大丈夫。大好きだよ。

 ゆりかは、優しい子だもん。

 お父さんと、お母さんの事、辛いね。

 家に居づらいもんね」


「う〜!!かなたが、私を泣かした!!」


「うん。ごめんね。

 私、不安だよね。

 でも大丈夫だよ。

 きちんと話しようね」


僕は何が何やらわからなくて、

完全に呆気にとられている。


「ごめん。真響くん

 今は、ゆりかに時間を使ってあげたいから

 今日は帰るね」


そう言って、二人は仲良く手を繋ぎながら繁華街へと消えて行った。


一人残された僕は、ミントグリーンが手に垂れてくるのを、

ペロペロと舌で舐めてから、悪い気が起きる前に、一気に頬張って済ませる。


「う〜ん。爽やかだなぁ」


さて!!帰ってゲームでもしよう!!!

現実逃避が得意な僕だった。

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