【7】クリーム色の隕石
僕は自転車を押しながら歩いて、
その横をギャルさんが歩く。
彼女のローファーの靴底から鳴る、軽い足音が
この状況の異様さを、僕に自覚させてくる。
ドキドキして、うまくものが言えない。
何を話して良いのか、全くわからない。
ギャルさんの意図が、読めない。
ギャルさんの誘いに、言われるがまま従い
目的も目的地もわからずにただ歩く僕達。
ん。まてよ?
はは〜ん。なるほどね!
読めたぞ!!
なんの事はない。
ここ数日続いた僕をからかう『ドッキリ』
そのネタばらしが、今から行われるんだ。
なんだなんだ。
そういう事なら納得できる。
納得できるけど。
なんだろう。
多分、僕はきっと。
立ち直れない程、深い傷を負う気がする。
今は平気だけど、平気だと思うけど
多分、僕は、一生人を好きになれないくらい
深い痛みを知る気がするんだ。
残酷だなぁ三次元は。
野田が正しかった。
でも、もう少しだけ、三次元を信じていたかったなぁ。
「ね。アイス食べよ」
ギャルさんが立ち止まってそう言った。
彼女の指差す先には、駅前の繁華街で人気の店がある。
僕は、さっきまで悲観的な空想をしていたはずなのに、
ポケットに手を入れて、財布を掴んでから『男らしい所を見せよう』なんて考えた。
でも、ふと、ギャルさんがスクールバッグから取り出した、
ブランド物の財布が目に入り、僕の手にあるマジックテープの、
安財布を見られたくなくて、そのまま動けなくなった。
「僕は……いいよ。御崎さん、一人で食べなよ」
思わず、僕は嘘をついた。
やってしまった。
またやらかした。
くだらない意地を張って、こんな事言うなんて。
なんてダメなやつなんだ、僕は。
そんな僕を、ギャルさんはジッと見つめた。
「やだ!!!」
「え?」
「一緒にアイス食べてくれないと!!やだぁ!!」
「だ……」
駄々をこねている!!!
ギャルさんは、口を尖らせて、細い眉毛をVの形にしてご立腹だ。
短いスカートから生えた、長い足で地面を踏んでいる。
これは、
いやいや!冷静に観察している場合じゃない!!
素直にならないと!!
「ご…ごめん!!本当は僕も食べたい!!」
慌てた僕は、反射的にクソダサ財布を取り出して、頭上にかかげた。
途端、本日何度目か、また顔を赤くする。
今度は、きっと耳まで赤くなっただろう。
僕の手にある財布、ほつれてボロボロになった
ドラゴンの刺繍が究極にダサい一品だ。
「わぁーい!!ねぇねぇ!私、チョコミント好きぃ〜」
ギャルさんは、そんな事、気にもとめずにアイス屋に駆け足だ。
「はは……なに気にしてるんだろうね、僕」
強引なギャルさんに引っ張られるように、
僕もアイス屋に小走りで向かった。
「僕はクッキークリームが好き!!」
なんだか、小学生に戻ったみたいに素直になれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
繁華街に敷き詰められた商店、
そこにひっそりとあるカラフル公園で、
僕とギャルさんはアイスを食べていた。
ベンチの横に並んで座る僕らを避けて、生ぬるい風が通り抜ける。
風上に座る彼女から、桃のような香りがした。
僕は、居心地の悪さと、いつまでもここに居たい気持ちが混ざり、
感情の台座を見つけようと、空回りする自転車の後輪を闇雲に睨んでいた。
「真響くんは、夏休みはずっとゲーム計画?」
「うん。そのつもりだよ。
あっ……でも、野田からキャンプに誘われてる」
「野田……くん。だよね?……友達?」
「え?同じクラスの野田だよ?」
「あ……そっか。そうだね。野田くんだね」
ギャル子さんは、僕と同じような糸目をして、
はぐらかす様にアイスをひとかじりした。
無念、野田。お前は覚えられてないぞ。
「御崎さんは、夏休み何するの?」
「私?……私は……」
ドクンと、胸が強く収縮して、背中にまで痛みが走った。
僕の頭の中に、終業式の日に見た光景がフラッシュバックした。
大学生らしき男と、車に乗って何処かへ消えるギャルさん。
僕は、自分が何も考えずに質問した事を後悔した。
知りたくなかった。
彼女の予定を聞くのが怖かったからだ。
まるで違う世界の住人だと思っていたギャルさんは、
きっと今でも同じで、僕が見たい様に見ているこの子は、
僕よりもずっと高い場所で、もっともっと遠くのものを見ている。
そんな、どうしようもない乾いた感覚が、
僕を現実に呼び戻そうとしてくるんだ。
どうせ暇つぶしに、遊ばれているだけ。
でも、僕が感じる「嬉しい」や「楽しい」は、本物で、
だからこそ余計に虚しくて……
この子は、僕をどうするつもりなんだろう。
「……?真響くん?どした?」
俯いて空想している僕に、異変を感じたのか
ギャルさんは、僕の顔を覗き込んでくる。
「……御崎さんは、どうして僕なんかに構うの?」
「え?」
キョトンとしたギャルさんの顔を見て、
僕は、いらない事を言ってしまったと思った。
ギャルさんは、大きく目を見開いて止まっている。
化粧のせいか、頬がほんのり桃色に染まり、
小さくて柔らかそうな唇を、軽く噛んでいる。
その時、ボトっと、ミント色の雫が地面に落っこちた。
それに目をやっていた僕が、目線を再びギャルさんに戻した時、
長い爪の指が、視界一杯に迫っていた。
白い二の腕の向こう側で、黒いレースが見え隠れしている。
「!?」
何をされたのかわからないまま、
頭を柔らかい感触が包み、左右に動いた。
理由も、意味もわからないけれど、
僕は今、ギャルさんに頭を撫でられている。
「不安なら。私の夏休み。全部、君にあげようか?」
ボチャっと、地面にクリーム色の隕石が落ちた。
力み過ぎて粉々になったコーンの流星群が、
次々と地面にぶつかる。
大喜びのアリ達が、我先にとそれに群がった。
「ッ!?あっ!あっ!!」
「あらら」
わかってるよ野田。
言葉に意味はない。
深読みなんかするもんか。
心の中の野田が、僕の希望的な考えを縄で縛っている。
意味なんてない。
意味なんてない。
意味なんてない。
「ぼぼ!!僕に!!夏休みは一つだけ!!」
「?」
意味がわからない事を叫んで、挙動不審になってしまう。
心臓の高鳴りが治らない。
ギャルさんは、また、聖母の微笑みで僕を見た。
そこへ、砂つぶを踏みつける様な足音が響いて、
僕たちは、同時にその音の方向を見つめた。
その人物を見て少し時間をかけて考えた。
現れたのは、名切ゆりかだった。
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