【6】キモくない

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ないない。お前なぁ〜

 遊ばれてるって、そろそろ気付けよな」


「そうだよな〜」


「そうだよ」


夜中の八時に、野田から電話が掛かってきた。

この夏休みにキャンプに行く予定を詰める為だ。

その電話の中で僕は、ギャルさんの異変について相談していた。


「でもさ、それなら『じゃあ』ってなに?」


「あのな。俺も経験あるから分かるんだけどよ、

 相手の言った、ひとつの言葉に固執するな。

 そんなの、ただの言い回しだ。深い意味なんてないんだよ」


「そっか……そうだよね。僕が間違ってたよ」


「本当に分かってんのかぁ?

 そもそも三次元に期待しちゃダメだ」


野田の女子嫌いにも困ったもんだ。

リアル女子に親を殺されたのかな?



僕は、三次元批判概論を続けようとする野田をなだめ、

電話を切り上げると、足元に置いてあるコントローラーを握り直す。


ふと、その横に広げて置いた攻略本に目がいく。


『私が本なら、きっと嬉しい』


ギャルさんの言葉が蘇り、あの時見た

聖母の様な笑顔と共に、心に居座る。


僕は、なんだか嬉しくなって顔をニヤけさせてしまった。



その次の日も、次の次の日も、きちんと補習に来たギャルさんは、

休み時間の度に、僕に絡んでくる様になった。


それ自体は、いつもと変わらないんだけど、

その内容は、いつもとは全く違うものだった。



補習四日目、授業を終えた僕とギャルさんは、学食で、お昼ご飯を食べていた。



僕は、コロッケ付きのカレー定食で、

ギャルさんは、サバ味噌煮定食を食べていた。


お盆を置いてすぐ、ギャルさんは、お箸も持たずに僕になおった。


「真響くん。ごめんね。ゲームの本。

 なんか引っ付いてるとこがあってね。

 少し破いちゃったの」


「ああ、いいよいいよ!古い本だし。

 多分、僕がお菓子こぼしたのが原因だし」


ギャルさんは、シュンとして、長い髪を手櫛で梳きながら、

細い眉毛をハの字にして申し訳なさそうにしている。


その上目遣いを前にして、誰がそれを非難できるだろうか。

こう言う卑怯な所は相変わらずだ。


「ほんと?大事にしてた本なのに……怒ってない?」


「怒るだなんて!全然だよ!!」


「ごめんね?」


ギャルさんがあまりにシリアスに謝るものだから、

僕は、なんだか可哀想になって「さぁ、食べようよ」と、食事をすすめた。


僕がスプーンを持って、豪快にカレーライスを頬張るのを見てから、

ギャルさんは、丁寧な箸づかいで鯖の味噌煮をほぐし始めた。


僕は、この状況を受け入れていた。


もちろん、野田に言われた事を忘れたわけじゃない。

常に疑いの目を持っている。つまり、どういう事かと言うと。


僕は、陽キャ達が、いつ『ドッキリ大成功』と書かれたプラカードを持って

登場してもいい様に身構えているんだ。


僕の予想では、それの決行日は明日だ。

なぜなら、僕の補習は明日で終わりだからだ。


ネタばらしするのなら、明日以外に適切なタイミングはない。


それまでは、乗ってやるさ。

この不安定なウェーブに。


「それでさ!昨日ね!ケームル平原でね!

 『暗黒の割礼』とかいう、めちゃ強い敵が出てきたんだけど!

 マジでびっくりした〜あれなに?一瞬で全滅だよ〜」


「はは〜!出会っちゃったかぁ〜!そいつは隠しボスで……」


その時『ボス』の『ボ』その濁音を表現する時に、

口の中からお米粒が高速で飛んで行った。


最悪だ。友達とご飯食べてても恥ずかしいのに、

よりにもよって、ギャルさんの目の前でやらかすなんて。


「真響くん、お口からお米が飛んだよ」


「ぁ…う……うん」


顔が真っ赤かの紅色だ。

恥ずかしくて死にそうだよ。

でもあえて言わなくても良いのに、ギャルさんは意地悪だ。


「ふふ。しょうがないなぁ」


ギャルさんは、スカートのポケットから、

ティッシュを取り出して手早くお米を回収すると、

自分のお盆の端に、丸めて置いた。


ギャルさんは、口元をゆるく曲げて笑っている。


恥ずかしい。それも死ぬ程だ。


オタクと特有の早口で、しかも口から食べ物飛ばして、

死ぬほど格好が悪い。


ギャルさんの顔が見れない。

僕は馬鹿にされるのが怖かった。


「一生懸命に話そうとして、お米飛んじゃうの恥ずかしいね?」


「ご……ごめん…キモいね……僕」


僕は思わず被虐的な事を言ってしまった。

こうでもしないと、ギャルさんの方から、そう言われたりしたら、

きっと僕は、耐えきれないと思ったからだ。


何度こうやって、身を削る様な保身をとっただろう。

ご飯の失敗よりも、ずっと情けないというのに。


そんな僕を、ギャルさんはジッと見つめて動かない。


一体、彼女が何を考えているのか、

僕にはさっぱりわからない。


ギャルさんは、体勢を崩して頬杖をついて、首を傾けた。

首元が大きく露出して、なだらかな鎖骨の窪みに女性を感じた。

長い金色の髪の毛が、サラサラと流れてまた束に戻りそれを隠した。


「キモくない」


ギャルさんは、ハッキリとした口調でそう言った。

まっすぐで、真剣な姿勢だった。

少し、怒っている様にも見えた。


「うぅ」


ドキッと胸が苦しい。

体が震える。照れ臭くて恥ずかしいのに、

恥ずかしいと思わせてくれないシリアスな目線。


紫色のカラーコンタクトの奥で、

混じり気のない真っ黒な瞳が、純粋に主張している。


ふざけて、おどけて、自虐に逃げる。

そういう僕の弱さを許してくれない瞳だ。


キリッと尖ったギャルさんの目は、とっても意地悪だ。


でも、僕を勇気付けてくれた。


「へ……変だよ。御崎さんは」


ギャルさんは、返事の代わりに

目元を緩ませて僕の手の甲を優しくつねった。


「今日も、これからゲームのクリア計画するの?」


「うん」


「少し、邪魔しても良い?」

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