【2】オタク君とギャルさん

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


僕は、汗ばんだTシャツを引っぺがして

パタパタと、胴体に風を送り込んだ。


「あっちぃ〜」


枕元のリモコンを操作して扇風機の電源を入れると、

生ぬるい風が部屋を駆け巡って、壁にかけた学生服を揺らした。


僕は、生まれつきの糸目を横にこする。

目の奥がズーンと重たい。


何か、忘れている様な気がする。


思い出せ、真響まゆらたける、17歳。

君はやれば出来る子だ。


「あっ!思い出した」


思わず口に出して言ってしまう。


夏休み前、終業式の日に必ず貸してくれと、

念を押されたマンガを持っていかなくちゃ。


あいつは、約束事に粘着質だから、

うっかりしてると夏休みが明けても、しつこく小言を言われるぞ。


「たけるちゃん。今日お昼は、お外で食べるの〜?」


着替えを済ませて台所に降りると、

ばあちゃんが、朝ごはんを用意しながらそう言った。


「うん。野田と駅前で遊ぶからいらない。

 あ、そうだ。おばあちゃんが好きな店近いし、カステラでも買ってこようか?」


「まぁ、ありがとうねぇ〜。お願いしようかしらぁ」


「わかった!行ってきます!!」


そそくさと、朝ごはんを、かき込んだ僕は、

颯爽と玄関から飛び出した。


自転車を立ち漕ぎでグングン進む。

心なしか足取りが軽いのは他でもない。


明日から、待ちに待った夏休みが始まるからだ。


僕は、この夏休みに計画性を持って、のぞむつもりだ。


それは、僕のベストRPGゲーム

『サーキュラーシンボル』シリーズの、完全攻略計画だ。


つい数日前に『サーキュラーシンボル4』をクリアして、

初代から続く壮大な伏線に、胸を打たれた。


ファンとしては、ストーリーの深掘りに余念があってはならない。


ストーリ構成を担当した、あの『室山さん』なら、もしかすると

僕が気付いていない伏線を、まだ置いているかもしれないからだ。


完璧にストーリーをなぞって、隠された要素を洗い出すんだ。


「待ち遠しいなぁ!!いやっほぉ〜!!」


教室に着いてすぐ、僕は同級生の『野田』の席に向かうと、

奴の机の上に、デパートの袋に入れてきた大量のマンガを、

有無を言わさずドカンと落とす。


「うむ。確かに」


野田は、腕を組んで大股を開いて、

天然パーマが乗っかる、大きな頭を縦に振った。


「重たかったんだからな。

 今日の昼、ラーメン奢ってよね」


「まぁ待てよ。報酬の話はブツを確認してからだ」


そう言う野田は、マンガを一冊手に取ると、

まるで映画のギャングが、親指で札束を撫でる様に、

マンガのページをめくり上げると「替え玉一回か、煮卵トッピングが妥当だな」と言った。


ケチな奴だよ、お前は。


そうして、野田と雑談をしていると予鈴がなったので、

僕は、そそくさと自分の席に戻る。


先生が来るまでの間、例の攻略計画を煮詰めようと、

攻略本を読み漁っていると、ガラッと戸が開く音が聞こえ、

次の瞬間、教室の雰囲気が明らかに変わった。


みんな、明るい声で挨拶をし始める。


僕は、攻略本の上端から、隠れるようにクラスの様子をうかがう。


皆が注目する先に、色鮮やかな二人組が居る。


このクラスの中心人物、

スクールカーストの上位種族『ギャル』の『御崎かなた』と、

同じ上位種族『優等生』の『名切ゆりか』だ。


彼女達は、僕や野田のような、下位種族『オタク』にとって、

正反対の属性を持つ、一種の怪物だ。


光と闇……いや、陰と陽か?


とにかく、彼女達と僕は、普通は関わり合わない。

はずなのに、どうにも最近、雲行きが怪しい。


なぜか僕は、あの2人に、頻繁にからかわれるんだ。


きっかけは、僕が落とした消しゴムを、

御崎さんが拾って、そのまま奪ってしまい、

一日中返してくれなかった事だ。


その時の、僕の様子が面白かったとかで、

その日から、事あるごとに僕をイジってくる。


イジられるのは良いとして。


屈辱的なのは、僕がそれを、

どこか心待ちにしている事だ。


「オタクく〜ん。おはよー」


ほら来た!!


───御崎かなた。


透明感のあるストレートの金髪に、

コンタクトでパープルになった瞳と、

メイクで整った、キリッとした目端、

白い肌に映える真っ赤な唇。


制服はセンス良く着崩していて、

細い首には、いつもリボン状のチョーカーが巻いてあり、

耳には、控え目なデザインのシルバーのピアス、

指先には、セダン車のボディみたいに艶めく黒いネイル、

そして、とにかく足が細くて長い。


身長は低いのに、小顔で足が長いから

たまに、遠くに居るのか、近くに居るのか分からなくなる。


僕は彼女のことを、心の中で『ギャルさん』と呼んでいた。


「君、またゲームの本読んでるの?

 不健全だよ。豚肉でも食べたら?」


名切さんは、雑誌に掲載してある、

豚肉と美容特集のページを見せつけてくる。


名切さんは、ギャルさんと中学校が同じで、

不真面目でマイペースな彼女と比例して、

黒髪ストレート、文武両道、成績優秀な優等生タイプだ。


一見すると、ギャルさんと名切さんは、相性が悪く見えるけど

なかなかどうして、気があう様子で、息を合わせて僕をからかってくる。


運悪くも、こんな2人に席を挟まれている僕は、

息をつく暇も無く、あれやこれやイジられまくる。


席替えまでの辛抱。

そう思って早、二ヶ月。


うちの担任は、席替えのクジ引きを作るのが

よほど億劫なのか、なかなかその機会は訪れない。


「ねぇ。オタク君さぁ、補修来んの?」


「え?…うん」


そうだ。嫌なことを思い出した。

期末テストの点数があまり良くなかった僕は、

五日間の補修組に入れられていたんだ。


「へぇ〜お揃いじゃん。やったね。」


「御崎さんも、補修?」


「いぇ〜い。そうでぇ〜す。

 オタク君が居るなら補修も楽しいかもw」


ギャルさんの言葉に、一喜一憂してしまう自分が居る。


僕が居るなら楽しい。


それはどう言う意味だ?

もしかして……いや。

なんでもない。気にしちゃダメだ。


「そ…そうかな」


「え〜。ちょっと照れてんの?かわい〜w」


「う……」


可愛いって言うのは、好意的な言葉だよな。

うん。バカにされているわけじゃない。

好感的な表現だし。悪い意味じゃない。


「かなた。先生来るよ。

 君も、本片付けなよ」


名切さんの言葉で、僕とギャルさんは、

前を向いて、お行儀よく座る。


「へへ〜。怒られちったねw」


小声で、ささやく様なギャルさんの言葉に、

耳がウズウズする。


僕は認める。


僕は、最近このギャルさんこと、

御崎かなたに、好意を抱いている。


彼女の一挙手、一投足に、振り回されているうちに

段々と好意を抱く様になった。


というよりも、彼女の方が僕に好意があるのでは?

と、そう勘違いしてるんだ。


うん。そうだ。


僕は勘違いしている。


勘違いしている事を自覚しているのだから、

本物の勘違い野郎じゃなくて、

勘違いしている事を自覚している勘違い野郎。

ネオ勘違い野郎であって、本物じゃないんだから

僕は痛いやつじゃない、その証拠に、僕は何もしていない。


彼女の後をつけたりだとか、持ち物を盗んだりとか、

家まで押しかけたり、体操服を盗んだり、


そんな変態的な事をしていないのだから、

僕は大丈夫なんだ。


………しまった


また僕の悪い癖が出た。


脳内早口語り。


日常で不安な事にぶち当たった時に、

こうやって脳内で早口語りをしてしまう癖の事だ。


「おはよぉ〜う!!」


ドカドカと歩いて、教卓の前に直立した先生が、

運動部の顧問らしいデカイ声を張り上げて朝の会が始まる。


終業式は、例年通りのスピード感で進み、

若者の、ひと夏をおもんばかった校長の長ったらしい講釈もなく、

奇をてらった生徒の、突然の主張などもなく、ただ淡々と行われた。


教室に戻って、ガッツの効いた先生の言葉を締めくくりとして、

僕達はイカリをあげて帆を張り、夏休みという名の、大海原へと解き放たれたのだった。


「オタクく〜ん」


船出に息巻く僕の元へ、ギャルさんが現れる。


なんだなんだと、無駄にドキドキする。


夏休みの始まりに、心を踊らす僕は、

次にギャルさんの口から出てくる言葉に妄想が広がる。


『これから遊びに行かな〜い?』

『ちょっと校舎裏に来てよ〜』

『連絡したいからメアド交換しよ〜』

『明日の補修、楽しみ〜』


一瞬で、そんな展開を想像できるなんて、

僕の脳味噌は、もしかすると高性能コンピューターに勝てるんじゃないか?

コンピューターとのチェスバトルで、白星を取り返すのじゃ僕なのかもしれないぞ。


「オタク君?」


「あ、はい!」


「慌てすぎなwウケるしw」


「は…はは。それで、僕に話ってなに?」


「いや。まだ何も言ってないしw」


しまった。少し前のめりすぎた。


「あ〜悪いんだけどさ〜

 明日からの補修の出席表、ウチのも出しといてよw」


「あっはい」


「まじ?アリなの?

 助かるわ〜オタク君、まじで有能じゃん

 んじゃ、よろ〜」


「うん」


そう言ってギャルさんは、僕に出席票を手渡すと、

ケータイを片手に誰かと話しながら、ニコニコと笑い、

『これから予定がある人達』に交じって、教室から居なくなった。


うん。


いや、別にわかってたけどさ。


ほら。僕は勘違い野郎じゃないからさ、

だいたい察しがついてたんだよ。

こうなる事は予想済み、想定の範囲内だからね。


だから、このむなしい気持ちも、嘘っちゃ嘘だし、

演技的なやつとも言える。


そうそう。


よく考えたら、頼られて期待に応える格好だし、

頼れる男と言えなくもない。

『期待されて嫌な男はいない』何かの本で格言じみた言葉で、そう聞いた事がある。


つまり僕は間違ってないって事だ!!


「三次元はクソだぞ。たける」


「うっわ!!野田!!」


「そうである。野田なのだ」


「うっわ!!しょうもなッ!!」


どこからともなく現れて、

どうしようもない事を言う。


それが野田という男だ。


「最近、三次元に絡まれてご満悦みたいだがね、

 勘違いは猫を殺すんだぞ?」


「女子の事『三次元』って呼ぶのやめなよ。

 それと猫を殺すのは好奇心だよ」


「どちらにしろ、殺される猫が可愛そうだな」


「う〜ん。相変わらず、掴み所がない野田のだ


「おやおや。これはこれは」


「ウザい反応だなぁ。お腹減ったし、ラーメン行こうよ」


「行くか〜。よぉ〜し!すするぞ〜」

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