【3】僕の見る事の無い、別のどこか
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今年は猛暑になるというニュースに影響されてか、
駅前に連なる繁華街は、真夏を前に、身構えた様な寒色に彩られていた。
僕と野田は、コッテコテのラーメンを、お腹いっぱいに蓄えてから、
ニンニクの臭いを漂わせつつ、行きつけのゲームショプで、汗だくの体を冷やしていた。
「うわ。見ろよ。まだこんなに高いぞ。
やっぱ神ゲーは値が落ちないんだよな」
「ほんとだ。これ三作品目で終わりなんだ。
野田は全部クリアしたの?」
「おうよ。今はもっぱら対人戦で遊んでる。
やべープレイヤーがゴロゴロ居て飽きないんだわ」
何気ない雑談を交わしながら、暇つぶしに
あまり関心の無い棚へも足を運び、目に移るゲームやカードに、
ツッコミを入れたり、自分たちの持つ知識をひけらかしたりしていた。
「お!見ろよたける!このカード懐かしいよなぁ」
「ほんとだ。小学生の頃、めちゃ流行ったよね」
「俺、キラカードの当て方知ってんだぜ」
「嘘だぁ。よし、それじゃ、ひとパックづつ買ってみようか」
「おお!望むところだ」
そう言って、僕と野田は、やりもしないカードゲームのパックを購入して、
公園のベンチに座り、ジュースを片手にパックを開封する事にした。
商店街の裏にある、カラフル公園はベンチばかりが並んでいて、
どこかの子供が怪我をしたとかで、遊具が使用禁止になって取り壊されてしまい、
すっかり寂しい公園になってしまった。
遊具取り壊された時、そこでの思い出まで一緒に無くなってしまう気がして
僕は腹ただしい気持ちになったのをよく覚えている。
カラフル公園と名付けたのも、元は虹色のジャングルジムがあったからで、
賑やかな印象の名前にした分、その象徴が無くなってしまっては名折れだ。
「ありゃ〜全然ダメだ!!昔と違うのか?」
カードのパックを開いた野田は、苦い顔でそう言った。
豪語した割に、結果が出なかった様だ。
さて、僕はどうかな?
パックを裂いて中身を取り出す。
束になったカードをめくっていくと、
一番後ろに輝くカードが現れた。
花弁が舞う暗闇の中で、セクシーなポーズで、
こちらを見る女の子がこちらを見ている。
「おお!!ロータスガールじゃん!!
たけるやったな!それ売ったら2万くらいするぞ!?」
「へ〜!!ラッキーだ!!」
対して知りもしないカードでも、
価値があると聞けば嬉しいものだ。
さっきのゲームショップは、買取もしているから、売りに行っても良いけど
レアなカードと聞けば、手放すのも惜しいな。
こういうのは寝かせておくと価値が上がるとも聞くし。
さてさて、どうしようか。
「おやぁ……たける氏
あれを見るでござる」
野田が、そうやってテンプレオタクになる時は、
決まって何かをバカにする時だ。
このノリが割と好きな僕は、
野田が指差す方向を、素直に見た。
数時間前、クラスから旅立った『これから予定がある人達』が、
ズラズラと繁華街を練り歩いて、
カラオケ屋の前に止まっているのが見える。
「あの人数でカラオケなんて、地獄だな。
同調圧力を読みながら、流行ってる歌だけ歌い続ける。
俺はアレを、カラオケと呼ばない。アレはユーセンごっこだ」
「まぁ……みんなで歌うカラオケと、仲良い友達だけでいくカラオケは違うよ。
アレは、アレで正解なんだと思うよ?」
「けっ!!いけ好かないね」
野田は、頭に乗っかる、くせ毛を弄りながら、
不服そうに眉間に皺を寄せた。
僕はこう言う時、あまり発言しない様に心がけている。
本当は、喉の半分まで言葉が出かかっているけど、
いつもそれをゴクリと飲み込んで、俯いて笑う。
僕の手札にある、どの言葉を使っても
上手に言い表わせる気がしないからだ。
ただの負け惜しみ、みたいに思われたくない。
喋った後、早口で言葉を正すくらいなら、
初めから何も言わない方が、ずっと方がいい。
カラオケ屋の前には、もう誰も居ない。
「あ〜あ。なんか萎えたわ。
俺、もう帰る。駅と駐輪場、逆方向だし、ここでお別れだな」
野田は、手に持っていたカードを、
包装ごとポケットに押し込んで、
トボトボと歩き始める。
心なしか、その背中には哀愁が漂っていた。
「キャンプの日にち、また連絡入れるな〜」
野田の捨て台詞に、手を振って返した僕は、
しばらくレアカードを眺めて、
やっぱり売ってしまおうと思い立ち、
ゲームショップに、とんぼ返りした。
ショップの店員は、気だるそうに『査定待ち』の札を差し出し、
僕は、店内で番号札が呼ばれるのを待つ事にした。
たった一枚のカードを査定するのに、
そんな形式ばった事が必要なのか?と、疑問に感じながらも、
それにケチをつける度胸なんて、持ち合わせていないので素直に従う。
とは言え、数分前に冷やかして回った店内を、もう一周する気にはなれず、
窓際に陳列されたゲーム誌を手にとって、暇をつぶす事にした。
ふと、窓の外を見ると、例のカラオケ屋がよく見える。
「あれ……ギャルさん?」
カラオケ屋から、御崎かなたが出てきた。
それも1人で。
クラス御一行で入って行った、カラオケ屋から1人で出てくるなんて、
その意味を勘ぐってしまいたくなる。そういうシュチュエーションだ。
もしかして、何かトラブルが起きて居辛くなったのかな?
脳内で勝手な妄想が始まる。
兼ねてからギャルさんの素行に、文句を言っている女子がいる。
そのグループに、何か嫌がらせじみた事を、
されるか言われるかしたギャルさんは、居た堪れなくなってカラオケ屋を飛び出す。
その目には、薄っすらと涙が。
好き勝手な妄想を原動力に、僕の胸に使命感が湧いて出た。
もしそんな事なら、僕はきっと彼女を助けたいと思う。
僕は、そんな彼女を、きっと放って置けないし、放って置きたくない。
でも、あまりデリカシーのない態度はとっちゃダメだ、
そっと近づき、軽めの挨拶を交わして安心させてから、
笑顔で接して、アイスなんか奢ってあげて、話を聞いてあげる。
おっと。
また悪癖が出てしまった。
そう自覚しながらも、彼女から目を離せない。
ギャルさんは、トコトコ歩きながらケータイを耳に当てた。
表情は見えないけど、泣いている様子ではない。
どちらかと言うと、楽しそうだ。
しばらく歩いて、足を止めたギャルさんは、
キョロキョロと周囲を見渡して、何かを探している。
動くたびに、サラサラと流動する明るい髪の毛、
体全体でステップを踏んでいる様に、しなやかな仕草。
まるで子供みたいに、はしゃいで見える。
ああ、ギャルさんにも、あんな子供みたいな表情があるんだな。
僕は、ただ見ているだけなのに、心がコロコロ動くのを感じた。
『誰かを好きになるって、やっぱり素敵な事だ』なんて、
小っ恥ずかしい事を、地で考えてしまう自分に、嫌な汗が出る。
恥ずかしいけど、それで良い。
ギャルさん。どうか、いつか、君の本心が知りたいな。
その時、ギャルさんが手を振るのが見えた。
ドクンと、心臓の鼓動が体全体に波打つ。
僕は思わず自分のケータイを見てしまった。
もちろん、画面には誰からの着信も無い。
視線をギャルさんに戻すと、既に、そこには誰かが居た。
ワックスで丁寧にまとめ上げられた、短い茶髪に、
小麦色の太い腕と、分厚い胸板。
まるでファッションモデルが着ている様な服に、
首や、指には、シルバーに輝く高級そうなアクセサリーが輝いている。
身長は180cmを超えていて、すぐ側の道路には、ハザードランプの点滅するセダン車が止まっていた。
何もかも僕と違って、何もかも負けている。
その姿は、まるで『正反対の世界』から来た『僕』みたいだった。
大学生か、成人か。
その男は、ギャルさんと楽しげに喋っている。
そりゃそうだ。
何を浮ついた妄想をしていたんだか。
僕みたいな奴が、相手にされるわけないんだから、
何をショックを受ける事があるのだろうか。
そもそも、仲が良いわけでもないし。
彼女が僕に好意を寄せる訳もないし。
思わせぶりに見えたコミュニケーションも、
ただの暇つぶしなんだよ。
うん。大丈夫。僕は分かっている。
僕は分かっているんだ。
さっきまでドキドキと高鳴っていた心臓は、
今ではドクドクと重い低音を鳴らしている。
2人は、二、三分程雑談を交わした後、並んで歩いて車に乗り込んだ。
セダン車は、繁華街に鳴り響く重いマフラーの排気音を響かせて、
ここからは見えない、道路の向こう側へ消えた。
僕の見る事の無い、別のどこかへ。
『買取ナンバー、一番でお待ちのお客様。カウンターまでお越しください』
店内のアナウンスに呼ばれて、ようやく足を動かす事ができた僕は、
放心状態のまま、店員との会話を済ませて足早に店を後にした。
駐輪場に停めてある自転車に跨った僕は、
無表情のまま、超特急で自宅までの道をなぞるのだった。
ちなみに、僕の当てたレアカードは、査定の結果『三万五千円』で売れて、
ばあちゃんの、お土産にするはずだったカステラは、買いそびれた。
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