第5話 大聖女様と平民聖女

 ――それは、カレイド王国に来て2年が経とうとした頃だった。



「すまない、メリア。私が噂だと軽んじたばかりに」

「い、いえ……大丈夫、ですから」



 ラウリス様から突然、『これから俺と一緒に謁見の間に来て欲しい』と言われた。

 何でも、『アガリテから大聖女が来られて、『噂の大聖女』に会いたいとお願いされた』とのこと。

 その『噂の大聖女様』が私だったため、私は今、ラウリス様と共に謁見の間に行った。


 ――私が噂で『大聖女』という畏れ多い名で呼ばれているのは知っていた。でもまさか、その噂が祖国にまで届いていたなんて。


 娯楽として広まっていたその噂を本気にする人は誰もいなかった。

 だからまさか、本物の大聖女が本気にするとは思っていなかった。



「昨日も話したが、今回、大聖女様がメリアに会いたい理由は『噂の大聖女が本物なのか確かめたい』とのことだった」

「そう、らしいですね」

「一応、向こうの皇帝陛下から許可は得たみたいだけど……何でも彼女、『私以外の人間が大聖女を名乗るなんて烏滸がましい! 今すぐ我が国に連れ帰って処刑する』と口にしたそうだ」

「しょ、処刑ですか!?」



 ――確かに、神聖力の無い人間が聖女どころか大聖女なんて名乗ったら罰せられる。けれどそれはアガリテだけであって、カレイドには何の関係もない!


 神殿の頃に受けた虐待の日々が頭を過り、足を止めた私が命の危機を感じて手を震わせていると、ラウリス様の大きな手が私の手を包み込んだ。



「大丈夫。騎士団長の名に懸けて、そして、君をこの国に連れてきた人間として、絶対に君を守る。君は騎士団とって大切な仲間であり……俺にとって大切な人だから」

「ラ、ラウリス様!?」



 ――この状況で何をおっしゃっているの!?


 ラウリス様からの突然の告白に顔を真っ赤にする私を見て、甘く微笑んだラウリス様がそっと私に耳打ちした。



「それに、今の君は俺たちに出会った時と同じ髪色をしている」

「っ! ラウリス様、まさか……」

「知っていたよ。けど、輝いている君をもう少しだけ見ていたかったから黙っておいた」



 ――周りには『髪を染めました』って誤魔化したけど。


 カレイド王国で規則正しい生活をしていたお陰で、ここ半年で神聖力が戻って、白髪だった髪が茶髪に戻っていた。

 とはいえ、今の生活が楽しすぎて黙っていたけど。


 そんな私の嘘を見抜いていたラウリス様を見て、照れくささを隠すように茶色の髪を掴むと、ラウリス様が笑みを潜めて視線を前に戻した。



「行こうか」

「は、はい!」



 ――祖国にいた頃はずっと孤独だった。けれど、この国に来てから色んな人と仲良くなれた。だから、大丈夫。


 扉の前に立った私は、隣で真剣に前を向いている人の横顔を一瞥し、小さく息を吐くと彼と共に謁見の間に入った。


 その瞬間、目の前から無数の黒い魔力で作られた鞭が襲い掛かり、咄嗟に結界を張って防いだ。



「大聖女様、一体何を!!」

「『何を』って、偽の大聖女を私の美しい神聖力で捕縛したんです」

「っ!」



 ――この声、やはりカルミア様!



「自分の美を保つために神聖力を使うあの人が他人に使うわけがない」

「そのようだな。メリアが追放された後、あの女は30人の聖女達から神聖力を吸って美を保っていたそうだ」

「それって、聖都にいる聖女全員の魔力を吸い取ったということですか!?」

「そうなるな。だが、これで分かった。やはり彼女に神聖力は無かった」

「っ!!」



 ――神殿で働いていた頃、私は魔力を吸われた後、この黒い鞭でカルミア様の気が済むまで痛めつけられた。


 恍惚とした表情で鞭を打つカルミア様が脳裏を過り、小さく下唇を噛んだ私は前を睨みつけた。



「ラウリス様。私が神聖力でこの黒い縄を浄化します。そしたら、カルミア様を捕縛魔法で捕えてもらえませんか?」

「分かった」



 ラウリス様の真剣な表情に背中を押され、私は復活した神聖力で黒い鞭を一瞬で浄化した。



「そ、そんな! 大聖女の神聖力で捕縛したのに、こうもあっさり打ち破られるなんて!」

「それは、神聖力ではなくただの闇魔法です!」

「その声……もしかしてあの時に捨てたゴミね! 許せない、大聖女の名を汚すなんて!」

「汚しているのはあんただ! この欲に溺れた偽大聖女が!」

「うぐっ!」



 カルミア様の意識が私に向いたその時、ラウリス様が捕縛魔法でカルミア様を捕らえた。

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