第1話 覚醒の時

〜回想〜

5年前


「うわぁー!」

イギリスが火の海にさらされている。その中に響くのは人の悲鳴と魔獣の咆哮ただ二つだけ


「全員、放てー!」


イギリス軍直属の魔術師達が必死に抵抗する。だが、その抵抗は虚しく魔王軍の侵攻は止まることなく、人を殺し、街を壊し、心を砕く。


「父さん!母さん!」


ここに今にも家族を失いそうな金髪の少年が1人、成す術なく名を呼ぶことしか許されない。


「シン、あなただけでも逃げなさい」


「でも、母さん」


「でもじゃない!シン、父さん達はもう助からない。もし、今日、俺たちを助けられないことを後悔するなら、次、助けることができる人を助けろ。そのために、今は逃げるんだ。」


父親は息子の体を最後の力を振り絞り突き飛ばした。こちらをもう見るなと言わんばかりに、


「早く行け!」


少年は走り出す。生きるために、約束を守るために、明日へと紡ぐために


イギリス、アメリカ、日本、この三国を同時に魔王軍の大軍が侵攻した悲劇はのちに


        ワルプルギスの災厄


そう呼ばれる



〜現在〜

イギリスのとある高校の校舎内


「大丈夫ですか!」


シンは1人の少女の安否を確認する。少女の状態はボロボロ。皮膚は焼け焦げた箇所がいくつか、流血もあらゆる場所が起こっている。しかし、どれも致命傷に至らないものばかり


(まるで誰かが意図的にそうしてるみたいに、)


「いや、いやぁー!」


冷静さを失った少女が見つめる廊下の先から人のような奴が現れる。いや、2本のツノを頭から生やした、下卑た笑みがよく似合うこいつを人と言えるのであればどんな奴もそう言えるだろう。


「いいですよー、もっと逃げ回ってください。その恐怖に満ちた顔をもっと見せて下さーい。」


(好奇に染まった笑み、最高に気持ち悪いな。そして魔人か、状況は最悪だね)


シンはすぐさま少女の前へと立ち、少女をこの場から逃す。心配せずに振り返らず走れと小声で伝えて


「あれー?あなたは誰ですか?私は男に興味ないんですけどね」


「あぁそうですかって、簡単に引き下がるわけにはいかないんだよね。こっちにも約束ってもんがあるからね」


「まぁ、少し僕で遊んでよ」


そう言うとシンは魔人の横を全力で駆け抜ける。


「ほぉ、速いですね。いいですよー、少し遊んであげますよ。」


魔人は逃げ回るシン目掛けて炎の魔術を撃ち続ける。シンはそれをギリギリのところで避け続ける。


(時間が経てば魔術師達が助けに来てくれる。とりあえずはそれまで逃げ続ける!)


シンがそう誓って何分がたっただろうか、今シンは壁に死んでいてもおかしくないほどボロボロになった体を預けて立ち上がれずにいる。


「なかなかに逃げましたね、でもここらで限界みたいでしょう」


「あぁ、どうやら限界みたいだね。まぁ僕にしてはよくやったんじゃない。」


シンは笑っている。それはお前の思い通りにはならないと言う最後の抵抗だろう。


「つまらないですね。あなたの絶望に染まった顔が見たかったのですが」


魔人は少し哀しそうな顔した後、すぐに口角を上げた。


「じゃあ、こう言うのはどうですかー!?」


魔人は尻尾のようなものを伸ばし教室の壁を壊した。砂埃が舞う。その中から現れたのは、尻尾に捕まえられた先ほどの少女だった。


「なっ!」


(逃げ遅れたのか?いや、隠れていたのか)


「あなたが自分の命に興味がないと言うのなら、他人の命はどうでしょうか」


魔人は気色の悪い笑みを浮かべながら鋭い爪を少女の首へと突き立てる。それはすぐにでも少女の首をかっ裂きそうだった。それを見たシンは無理にでも少女を助けに行こうとした。しかし、それを脳が許容しても体は許さない。


「かはっ、」


黒く粘度のある血。体はとっくに限界だった。しかし、シンはそれでも助けようと心を動かし、体を動かそうとする。


(動け)


(動け)


(動け)



(何のために生かしてもらった)


(あの日の後悔はその程度か)




(約束を果たせシン=ペンドラゴン!)


すると眩い黄金の光がシンを包み込む。


「がっ、」


魔人もその光によって反射的に目を閉じてしまった。0.1秒それにも満たない時間だった。しかし、目開けた魔人が見たのは自分の尾が斬られた後だった。


「なっ!」


「さぁ、早く逃げて」


魔人が視線を向けた先には少女を逃す。金色の魔力に包まれる少年がいた。


「何だその魔力は?貴様ー!いったい何者だ」


魔人は苦虫を噛み潰した顔で問いかける。


「シン=ペンドラゴン、ただの一般人だ」


シンは魔人を睨みながらそう答えた。そして、開いた手を天にゆっくりと挙げた


「じゃあな」


シンが手を振り下ろすと目の前の一直線上が光に包まれ周りのものは殆どが跡形もなくなり、砂埃だけが舞った。


「やったのか、」


シンが纏っていたはずの魔力はいつのまにかなくなり、限界が来ていたシンは地面に座り込んでそう呟く。


「よくも、よくもやってくれたなー!人間!」


砂埃がはれその中から怒りに満ちた魔人が現れる。

その姿は先ほどまでとはうって変わって、獣のような姿になっていた。


「貴様はもう骨一つ残さん、粉々に切り刻んで灰にしてくれるわ!」


鬼気迫る顔で魔人がシンの方を目掛けて飛び掛かってくる。


(すいません、父さん、母さん)

(今行きます)


覚悟を決めてゆっくりと目を瞑った。






「いやー、ギリギリだった」


シンは聞き慣れない声を聞いて目を開ける。そこには魔人の攻撃を結界で止めている黒髪の少年の姿があった。


「あなたは、」


シンは自分でも予期せずその少年に問いかけてしまった。


「ん、俺か?」


すると少年はシンの方へと振り返り笑ってこう答えた。


「星月隼斗  英雄さ」





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