海が嫌いだった
例えば海が嫌いだったこと。小学校のとき、プールで溺れたのだ。足が十分に着くような低学年用の市民プール。底に沈んだ白い碁石に見間違える塩素を拾う遊びをしていたところ、ぷっくりと頬を張り鼻を強く摘まんで潜った途端、でっかくて黒いものが海晴を背中から抱きしめた。それは母に似て、父に似て、ふたりを嫌いだった気持ちと雁字搦めに重なり合い、ようやく息ができたとき、寝転がった真夏のプールサイドで、海晴はまだ小さかった肩と屹立した両乳首を寒さではないものにふるわせながら、汗だったのか涙だったのか、濡れたまま碧空に生き方を定めた。恋や愛を知るよりも早く、嫌いなものをちゃんと嫌いでいようと思った。海晴の好きな言葉では決してなかったけれど、海の仲間たちの夜遊びを断れば「誠実」と形容されるたび、海晴はよっぽど危ないあの溺れる感覚を思い出す。息苦しくはないのだ。死というものは、むしろ甘美に、後ろから抱きすくめ、好きになった刹那、好きの方角が狂った羅針盤のように反転する。
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