原風景
青という色
海晴の原風景は、ときに白い冠を被った山麓のうえに広がる青い空だった。海の町に来て長く経ついまですら、「青」とはあの空の色のことだったと祈るように思う。
例えば学校の帰り道、雨蛙の腹を風船みたいに膨らませるなど、やんちゃをする友だちは少なくなかったが、ひとりで帰るのが好きだった。夏の色にかがやく水稲の群れを疾風がいくつも小波を立たせるあいだを縫って、雄大な雲の影がゆっくり過ぎていくでこぼこの畦道をつんのめりながら踵を踏み潰したゴム靴で走り、落ち着いた過給音に間抜けなクラクションとあけっぱなしの車窓から大人びた歌謡曲を混じらせる軽トラックに追い越されれば、誰かに呼ばれた気がして、教科書のみっちり詰まった黒いランドセルを背負いなおす。
そこにいたのだ。
極彩色の夕暮れはいつも世界が終わるように寂しかった。肉じゃがの焦げた醤油の匂いや、カレーを甘くする林檎の蜜が煮立つ匂い、薪で焚かれた風呂から沸き上がる牛乳石鹸の匂い、名も知らないAV女優の嬌声が喚起した精液の匂い。
逃げるように、いまも「青」という色を追いかけている。
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