第5話 前夜祭

 ……なにこれ。真っ暗な空間の中に、僕だけが一人立っている。さっきまでアキナの家で寝てたはずなんだけどな。


「全くしけた場所ぜよ。まさかデザイアの開幕式がこんな場所とは言わぬだろうな」


 なんだこいつ。ツンツンした灰色の髪、体には変な模様。目の普通白いはずのとこが黒くて、瞳は金色、めちゃくちゃ背がデカい男だ。明らかに人間じゃねえ。


「その喋り方……お前ディルバンか?」


「いかにも。とくと見よ、これが強欲の王、ディルバン様の御姿じゃ」


「おお……強そうだな」


 適当だけどそれしか感想が出てこねえ。服装とか独特で、なんつったらいいか……。


「それだけか……たわけが。もっと壮大な賛美の1つや2つ捻り出せなかったぜよ?」


「無茶言うな、僕にそんな語彙力があるとでも思ってんのかよ」


「……ないわな。無茶言ってすまんぜよ」


 チッ、速攻で認めやがった。本当にムカつくぜこいつ。


「ん? なんだ?」


 突然、僕とディルバンの足元に小さな炎が付いた。真っ黒だった足元は明るくなって床みたいなのが見えた。ここはどっかの部屋なのか?


「おい器、これはなんじゃ。俺様は文字が読めん」


 ディルバンが床を指差してた。そこには何か漢字が書いてあった。


「これか……強欲?」


 そういやディルバンは今日『此度の強欲に選ばれた』、みたいなこと言ってたが、もしかしてデザイアってやつに関係あるのか?


「ほう……強欲とな。それなら隣の文字はなんぜよ」


 隣に文字なんてあるか? 床の方をもう一度よく見てみた。そしたらほんの少しだけ文字が照らされて見えた。


「……憂鬱?」


「決まりじゃ。これは間違いなく……」


 ディルバンの声はいきなり出てきた炎に止められた。丸い形になるように、僕の左側から順番に7個付く。


 他の7つの下にも文字があった。僕の下のも含めて順番に『強欲』、『憂鬱』、『憤怒』、『虚飾』、『怠惰』、『傲慢』、『暴食』、『色欲』の8つ。


 その文字を眺めているうちに、丸い形をした炎の真ん中に全身真っ黒な格好をした、仮面を付けた男がいた。


「これより欲望と賭命の伝承テールズ・オブ・デザイアについてある程度の説明を始める」


「……やはりか」


 真ん中の奴の言葉にディルバンはワクワクしたような顔して呟いた。


『いいから早く始めたまえ! 私には早急に叶えなければならない願いがあるのだ!!』


『まあまああんまり急ぐなってば。気楽にいこうぜい? 憤怒サマ』


 憤怒と怠惰の上の炎が明るくなって、そこから声が聞こえる。姿形は全く見えねえ。憤怒の方は女の声、怠惰はだらけきった男の声。


「そうはいかない。共有すべき事実がある上に、この催しを知らない人間が2人程ここにはいる」


『……1人紛れ込む事例が稀に発生するのは知っている。だが、2人もいるとなると、本当に正常にデザイアを遂行できるのか? 監督が行き届いていないのではないか?』


『それほど欲に魅入られた存在であるということではなくって? どなたが相手でもわたくしは叩き潰すだけですわ』


 今度は憤怒と傲慢の順番に、炎が青く光った。


「この炎……なんだ?」


「赤く光れば思念が、青く光れば受け入れた人間が言葉を発していると言う意味になる。もうじき終わるからあまり役には立たない説明だがな」


 真っ黒男は僕にそう答えた。確かに、僕が呟いた時に強欲の上の炎が光った。


「お前のような無知の為にこの祭典の決まりを伝える。二度は言わない、よく聞いておけ」


 *


 欲望と賭命の伝承テールズ・オブ・デザイア、それはかつて世界に存在していた神々が人間の体を借りて行う戦い。


 神々は死を以ても償いきれぬ罪に届き得る程の欲望を振りかざし、ただ一人の勝利者には最高の神にしか辿り着けぬ理想郷への転生が約束される。


 勝利した神の覇道を支えた人間には一つだけ己の望みを叶える権利が与えられる。


 かつてこの戦いに勝利した神は世界に永久に記憶され伝説を残した。かつて勝利した人間は全てを手に入れた。


 殺さず屈服させるか、殺して突き進むか、それは己の匙加減。やり方はどうであれ、蹴散らせばよいのだ。


 時は来た。これより欲望と賭命の伝承を開幕する。見せろ、様々な形の欲望を。 


 *


 真っ黒男が話し終わった。その時僕は思う。なんで戦わなければならない?


 戦いなんかやりたくない。ディルバンの勝手でなんで僕が、そう思った。死ぬかもしれない戦いになんで巻き込まれねえといけねえんだ。……冗談じゃねえよ。


 デザイアがなんなのかわかってしまった今、楽観視してたディルバンのことを疎ましく思う。お前のせいで、僕は死ぬかもしれないと。


『いい加減教えるぜよ。貴様が行っておった、共有すべきものはなんじゃ』


「それがだな、本来この祭典は神と人間がそれぞれ8人選ばれるはずなのだが……」


 突然、虚飾の文字の上にあった炎だけが消えた。ほんの少しだけ静かになって、背中に冷たさを感じた。


「今回、虚飾に選ばれた神がいなかった。だから今回は虚飾を除いた7対の神と人間で祭典を行う」


『巫山戯るな!!!!』


 傲慢の炎が、赤く光り、耳が痛くなるほどの大声を上げた。


『なら、我がこの祭典に参加する理由はない。我は傲慢を降りる』


『『『はぁ!?!?』』』


 ほとんどの炎に赤色と青色が入り乱れて、驚いたような声を出した。……デザイアを何も知らない僕が見てもわかる。明らかに、トラブルが起こってやがる。

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