第4話 立派な人
「今日からお前の部屋はここだ。まあ好きなように使えや」
「ん、ありがとよじーちゃん」
じーちゃんがくれた部屋にはデッカいベッドがあった。今日あったことをぼんやりと考えながらベッドに背中から飛び込む。
フカフカだな。僕が起きた時に寝っ転がってた路地裏のアスファルトと比べたら贅沢なもんだ。
『狭いぜよ! あのボロ屋よりかはいくらかマシじゃが、それでも全然足りんぜよ!』
「文句言うなよ。めちゃくちゃいいところじゃねえか、ここ」
相変わらず文句が多いなこいつ。一体何をしたらお前は満足するんだよ。逆に気になってきたぜ。
『あの頃はよかったぜよ……戻りたいぜよ……岐阜城に……』
「岐阜城……? お前岐阜城に住んでたのか?」
『そうぜよ。俺様の肉体がまだあった頃、留守の城があったから奪ったんじゃが……1ヶ月好き放題していたところを信長のアホンダラにやられたぜよ。彼奴はどうやら消耗しておったが……兵を半分持っていったところで終わりじゃった。織田信長、彼奴は悪魔じゃ』
僕にはお前のよっぽど悪魔に見えるんだがな……。そんなに強かったのかよ信長は。
「てか好き放題って何したんだよ」
『そうじゃな……確か気の向くままに人間の腹を掻っ捌いて腸はらわたを酒と共に一気飲みした後、女を抱き潰して、飽きたから城にあった弓全部鹿に撃った後海に突き落としたわ』
「……もういい……わけがわからん……」
奇行としか言いようがねえ。僕の中にこいつを抑え込んで正解だったぜ。他の奴に入ったら何しでかすか分かったもんじゃねえ。もっともなんで抑え込めてるかはわかんねえけどさ。
「カナタ、今起きているか? 君と少し話がしたくて」
部屋のドアをノックする音とアキナの声が聞こえた。寝る前にちょっと話し込むのも悪くねえな。
「僕もそんな気分だ。入ってきていいぞ」
この言い方は居候の分際でちっとばっか横柄すぎる気もしなくはないが……他に言い方が見つからん、許せ。
ドアが開いて見えたアキナは前髪をカチューシャかなんかで上げてて、やけにツヤツヤしてた。
「なんかツヤツヤしてねえか? 髪とか、顔とか」
「それはそうだ。お風呂上がりなんだから。化粧水も付けたしね」
「……なあアキナ、こういう質問もあんましねえ方がいい?」
「うん、女の子にはあまりね。私はあまり気にしないけど、嫌な人もいるから。でも君と走った後のあの質問みたいなことはもう言わないでくれ、本当に」
「肝に命じておく」
もう二度と考えなしに物を言わねえ、そんなことを俯きながら誓った後アキナを見たら、なんか暗い顔してた。
「なんか元気なさそうだな」
「うん……君にちょっと謝りたいことがあってね」
「謝りたいこと?」
何もねえだろそんなん。アキナは僕を助けただけ。恥かかせたし、逆に僕がアキナに謝るべきだろ。
「正直に言うと、私は君の事を気味が悪いと思ってしまったんだ。服装とか、言動とか。だから君を助けたのは私が立派であると信じ込むための偽善だったのかもと思う。君は私にいい印象を持っているかもしれないけど、それは間違っている」
「どこがだよ。立派になりたいからでも、純粋に僕を助けたかったからでも、どっちでもすげえよ。だって普通そもそも助けようとすら思わねえだろ」
「しかし……自分の為に他人に恩を売ったようなものだ。あまりいいことでは……」
「……なんだろうな。難しい話だけどさ、『助けたい』って根本的に見たら自分の気持ちだろ。だったら結局自分の為じゃねえか。多分自分の為じゃねえ人助けなんかこの世にはこれっぽっちもねえよ」
「……そう、なのかもしれないな」
そうだ。お前は自分の為にってのは悪いことじゃねえ、当たり前の事だ。僕はそう思う。
「だから僕ん中のお前は『すげえカッコいい奴』で現状維持だ、一生な」
「うん。ありがとう。そう言われると照れるな」
1つ気になることがあった。こいつはなんで『立派な人』にこだわるんだろうなって。
「立派な人って、そんないいもんか?」
「いいものさ。立派な人によって救われる人間がこの世にはたくさんいる。私も救われた一人だから、そう信じている。……少し昔の話をしてもいいかな。遠い昔の、私の初恋の話なんだけど」
「聞かせろ。気になる」
「それじゃ遠慮なく。私の両親はとても大きい会社を作った人で、とても怖い人だった。いつも冷たくて、いつも怒っていた。小さい頃、私は本当に生きていていいかわからなかったんだ」
ひでえ話だぜ。もっと親ってこう……子供を大事にするんじゃねえの? よくわかんねえけどさ。
「そんな時に、川のほとりで一人の男の子と出会ったんだ。私と同じくらいの。その子は私を必要としてくれて、底抜けに明るくて。こんな、自覚無しに人間を救ってしまえる人がいるのかと、憧れた」
だからその人みたいに『立派な人』になりたかった、アキナはそう話を締めくくった。
「何回も一緒に遊んだよ。いつの間にか彼は来なくなったけどね。もう、私の事は覚えていないだろうね……」
「いいや、きっと覚えてる。お前みたいな美少女を忘れねえよ、男は」
「そうだといいんだけど」
ふと時計を見た。思ったより時間が経ってて、針はもう11時を指してた。いや、面白かったな、アキナの話。色々考えさせられたぜ。
「私はそろそろ寝ようと思う。付き合わせてごめんね」
「謝んな、僕は楽しかったぜ」
「ありがとう。それじゃおやすみ」
「ああ、おやすみ」
アキナは綺麗な笑い方をしながら僕の部屋からいなくなった。
すっかり静かになった部屋でまた思う。今日は色んな事があったなって。その全部に疲れちまって、いつの間にか僕は眠っていた。
*
ねえ太一君。君はどうしていなくなったの? こうやってドアを開けたら目の前にいたりしないかな……。……いないか。
……いつまでたっても君が心からいなくならなくて。いつか君は言ったよね、『僕は約束を破らない』って。
じゃあ守ってよ。言ったじゃないか、『いつか結婚しよう』って……。
会いたい。太一君に会いたい。あの時みたいに、また助けて。天蒼秋那の恋心を、殺さないで……。
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