第3話 しまわれてる記憶
ディルバンが騒ぎまくるのをうっとおしく思いつつも、大将と他の奴が料理を作ってるのをまだかまだかと覗き込んでた。
焦らず待てなんて言われたけどよ、もう腹減ってしょうがねえんだよな。
「はーん……記憶ねえんかお前。そりゃ災難なこった」
「でもそれをアキナが助けてくれてさー」
いやもう本当に、あそこでアキナと会えなかったらどうなってたかわかんねえな……。
「これが私にとっての恥のない生き方だと思ったのです。お爺様、私はお爺様の言う様な立派な人間になれているでしょうか」
「バッチリだ。燻って泣いてたあん時のお前とは別人、よくやったな秋那」
「……ありがとうございます」
アキナが笑った。僕の鼻血見て笑ってた時とは違う、やけに静かな笑い方だ。何考えてんだろうな。
「それでさじーちゃん、僕どこに帰ったらいいかとか全然わかんねえんだ。どのくらいの長さになるかも、どのくらい迷惑かけるかもわかんねえけど、僕をあそこに住ませてくれねえか……?」
「無理を言ってお爺様の家に住ませてもらっている身で申し訳ありませんが、私からもお願いします」
僕がそういった後にアキナまで頭を下げた。お前までそんなことしなくていいのに……本当にありがとうな。
『女に助けてもらうなんて、だっせえぜよ』
うっせえ! 黙れ!
「そんくれえ断る理由もねえ。カナタ、お前の面倒は儂が見てやる。孫が1人増えたみてえで面白そうだからなぁ! ガッハッハッハ!」
じーちゃんは僕とアキナの髪をワシャワシャと雑に撫でながらデッケえ声で笑った。
「ボウズ、言っとくがそのクソジジイは隠居した社長だ。金なら腐る程ある。テメェの言う心配事なんざこれっぽっちもありゃしねえだろうよ」
しゃ、社長……? そういやあの家他の家よりちょっとデカかったから、そうなのか? じーちゃんの人生がますますわかんなくなってきたぜ……。こりゃじっくり話聞いてみねえとな……。
「あんま大きくなかったがな。だからカナタは安心して儂に守られときゃいい。もっともタダなんてわけにもいかねえがな、アキナと同じで。まあ今はこんな話するべきじゃねえな。食えよ、飯出てんぞ」
本当だ。じーちゃんに言われてテーブル見たら、温かそうな唐揚げと餃子があった。
……おっかしいな。文字だけ見ても『餃子』と『唐揚げ定食』がなんなのかわかんなかったのに、実際見てみると知ってんだよなこれ。
奥にしまわれてるだけで、きっかけさえあれば思い出せるのかも。
しかし、自分でも何忘れて何覚えてんのか把握しきれてねえんだよな。人によって変わる環境、周りの人間とかは全部忘れてて、当たり前の、変わりようがない知識だとかは所々忘れてるって感じか。
でも実際、今みたいに忘れてたことは見てみれば思い出せる。だったらなんでも見てみるのが一番かもな。
「ボウズ、冷めるぞ」
「おっやべ、いただきます」
まずは唐揚げを1個。いい感じの柔らかさと、噛んですぐに広がる旨味が僕の舌の隅々を駆け巡る。
「うんま! なにこれ!」
「当たり前よ、40年間磨いてきた味だからな」
『ぬおぉぉぉぉ! 今の飯はこんなに進化しとるのか? わけがわからん! 犯罪的な美味さじゃ!』
ディルバンも満足してるみてえだ。あんだけうるさかったから相当待ちきれなかったんだろう。今唐揚げを食った時の声が半端じゃなくデカい。
しっかし、本当に美味えなこれ……。
「カナタ、唐揚げも勿論だが、餃子は特にすごいぞ。美味しいなんてものじゃない。餃子という枠組みに留まらず、私は今までこれを超える料理を食べたことがない」
『そこまで言っておいて大したことなかったらその時は……この女は八つ裂きぜよ』
やりすぎだボケ。だけどワクワクが止まらねえのは僕も同じだ。一番美味い料理……か。
それじゃ、いざ実食。餃子を醤油と酢とラー油混ぜたやつに付けた後、1個丸ごと頬張る。
「……………………………………………………」
「どうしたんだカナタ……泣いてるのか……?」
『とんでもねえ! とんでもねえぜよ!! おい器なんとか言え! ……貴様本当にどうしたんじゃ?』
ほっぺたがくすぐってえ。やけに指に力が入らなくて箸を床に落とした。
美味い。美味いなんてもんじゃないのはわかるんだけど……それがよくわかんなくなる位胸の奥になんかが響く。
「泣くほど美味えのか! 喜んでもらえてよかったな『大将』! ガッハッハッハ!」
「テメェくれえは名前で呼べや」
「そうだな、宮火創次みやびそうじ!」
「……気持ち悪いぜ、全部呼ばれんのはよ……」
……じーちゃんと大将、何話してんだろう。わかんねえな。話が聞こえない位この感覚に集中してて。
この感覚は、多分大事ななんかなんだと思う。思い出せる気は全くしねえけど。この感覚が抜けきるのは家に帰ってからで、家に帰るまでの間はまともじゃいられなかった。
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