第2話 一休み
さて、ぼちぼちお目付け役からの説明があるはずぜよ。とりあえず座して待つとしよう。
『……いい加減に……』
「しやがれ、このクソボケがぁ!」
なっ、体の主導権を取り返された!? ありえん、ただの人間に思念の塊のこの俺様が……? クソッ、弾かれて……体の奥に押し込まれる……。
*
「ああ……ようやく戻って来れたぜ全く……。お前さあ、あいつを倒してくれたのは素直に感謝するけど、そのまま僕の体を奪うのは違うだろうが! 体だけ生きてても中身が別物じゃ僕が死んだのと同じじゃねえか!」
『だからそのまま死ねって言うたんじゃろうが! お前は大人しくこの体渡して器としての役割果たしときゃよかったんじゃ! 畜生! 全部うまくいっとったのに……貴様が普通でないせいで台無しじゃー! 死ねー‼︎』
「好きなだけ吠えとけ。にしても、お前がうるさいっつってた気持ちもわかってきたぜ。だって今はお前が返せ返せ喚いてるもんな。うっとおしいったらありゃしねえ」
こいつがうるさいことは置いといて、とりあえず今は生きていることを喜ぼう。あのバケモンもいなくなって、この悪魔みたいなやつも引っ込んで、心配の種がぜーんぶなくなったぜよ……妙に記憶に残る語尾してんな。ええっとなんだ、ディルバンだっけ。
「まあとりあえずありがとよ。形はどうあれ命を助けられた事には変わりねえからな。ところでさ……どうすんのこれ」
木を薙ぎ倒しまくり、廃屋は壊し、挙げ句の果てに人まで殺しちまった。こんな惨状を誰かに見られでもしたら……僕はそこで詰んでしまうかもしれない。
『俺様は何もせん、勝手に戻るだけじゃ。デザイア
はそういう風にできとる。事が起こったのを知るのは最終的に当事者とお目付け役しか知らん様になる仕組みになっとるんぜよ。都合良すぎる気もしなくはないがな』
「…………お前さっきから何言ってんのかまるでわかんねえぞ、もっとわかりやすい様に言え」
『チッ、めんどいのう……平たく言えば俺様の尻拭いをする物好きのアホんだらがいるっちゅう話じゃ』
胡散くせえな……デザイアとかなんとか、意味不明なワードのオンパレードだ。……同じくらい意味不明な事が目の前で起きまくったから否定もしづらい。もう考えんのがめんどくせえわ。
「…………帰る」
『そうじゃのう、今はやることもないから呑気にうだってるといいぜよ。今だけはな。それに今の人間共の生活水準も気になるしのう! 飯、女……酒も要るか……おい器、とびっきりの酒を用意することじゃ』
「飲めるわけねえだろ! こちとら未成年だボケ! あと僕の名前はカナタだ、そんな人をグラスみたいに呼ぶな!」
このクソボケの戯言に付き合いつつも、アキナの待つ家に帰ろうと一歩を踏み出したところで、一つ重大な事に気づいてしまった。あまりにも僕が馬鹿馬鹿しくて、下を向いたまま動けなくなった。
僕はここに至るまで一心不乱に逃げていた。周りなんて見てるはずも、進んだ道を記憶してるはずもなく。
『おい器、どうして歩かぬ。貴様が進まなければ酒が飲めんぜよ』
「…………道、わかんなくなっちゃった…………」
『…………殺していいか?』
*
……カナタ、遅いな……。一体どこまで歩いていったんだろうか。気持ちが晴れるとしても、道も知らない彼に一人で行かせた私が馬鹿だった。……もしかして、危険な事に巻き込まれているかもしれない…。
「どうしてっ! どうして私は一人で行かせてしまったんだ……!」
居間で一人机を叩き、乾いた音が鳴る。その後に訪れる静けさに耐えられず、私はカナタを探しに行こうと思いドアノブに手をかけようとした。だが、その瞬間に鍵が開く音がした。
「悪いアキナ、遅くなっちまった」
「すまないカナタ、道も知らない君を一人で……いか……せ……て……」
「いや、僕を気遣ってくれたんだろうからお前は悪くねえよ」
「そうか……ありがとう。いやそんなことはいいんだ! なんで……なんで隣に……?」
「おう秋那よ、こいつぁなかなか面白え男じゃねえか! 男作ってたんならもっと早く言えや」
「違えよじーちゃん、僕とアキナはそんなんじゃねえって」
正直目を疑う様な光景だった。カナタとお爺様が肩を組んで笑い合っていたのだ。頭の中が疑問に支配されていく。正直お爺様が初対面であろう人間をこれほど気に入っているところは見た事がなかった。
「まあ立ち話もなんだ、飯でも食いながらゆっくり話そうじゃねえの。秋那、今日は『みやび』に食いに行こう」
「なかなか久し振りですね、お爺様とどこかに外食をするのは」
「そうだなぁ、最近は講演やらなんやらで都合がつかんかったからなあ。今日九州から帰るっつったのに遅くなっちまってよぉ」
「何かトラブルでも?」
「いや、博多ラーメンの店を4軒梯子した」
何やってるんだお爺様……。本当にもう、この人の胃腸は衰えることを知らないな。
「食いすぎじゃね? 腹大丈夫なのそれ」
「老いぼれだと侮るんじゃねえ! 儂は泥水と雑草を貪って生きてきた人間だ、この程度で参ってたまるかってんだ!」
「泥と草ってどんな生き方してんだよ。後で教えてくれよ!」
「いいとも。ガッハッハッハ!」
肩を組んだまま2人は歩き出していった。私も家に鍵をかけ、2人の後を追いかける。
*
僕達は河川敷を通って、『みやび』ってとこに向かってる。アキナと出会った時もそうだけど、さっき戦った後なんとか帰ろうとして道を探してたらここに行き着いた。何回通ったらいいんだよここ。
「じーちゃん、みやびって何さ」
「儂の親友がやっとる定食屋だ。40年も愛されとるる店だからよ、美味さは筋金入りだぜ?」
「ほーん……」
定食屋って何あるんだっけ。一つ記憶がない。これだけは記憶失ねえのがいい方に働いたな。楽しみでしょうがなくなってきたぜ。
「その……お爺様。少し気になるんですが、肩は……いつまで……?」
「ああ、これか。情けねえことに足挫いちまってよ。しょうがねえからこいつに肩貸してもらってんだ」
じーちゃんと最初に会ったのは河川敷だった。誰と出会う宿命でもあんのかな、ここ。
それで、この河川敷の道は土手を固めてできたやつだから、要は土でできてるってことだ。よりにもよってそこにしょぼい落とし穴掘ったバカがいたっぽくて、じーちゃんはそれに引っかかった挙句足挫いてた。
河川敷に戻ってきた時、じーちゃんが僕に歩けねえから手貸してくれつってたんだ。ここでアキナが僕を助けてくれたことを思い出した。
そん時のあいつすっげえかっこよかったから、僕もそうなってみてえなって思ったんだろうな。だから迷いなく僕はじーちゃんに手を貸した。
じーちゃんは『
『僕の帰る場所もそこなんだよな』ってふざけて言ったら、面白え冗談だって笑われた。
で、今3人で歩いてるわけだけども。本当に帰る場所がアキナの家だったって分かってじーちゃんは何を思ったんだろう。
見た感じ嫌がってはなさそうだけど……話してみねえとわかんねえか。
「着いたぜ、ここがみやびだ」
目の前には『みやび』って描いてある暖簾がかかった、ちょっと古ぼけた店があった。
「よう、元気にやっとるか」
「あん? おお龍源じゃねえか。それに嬢ちゃんも……オメェと肩組んでんの誰だ?」
「さっきそこで会ったやつだ。もしかしたら秋那の彼氏かもしれん」
「だから違いますよお爺様」
ガラガラと音を立てながら店の扉を開けてすぐにそんな感じの会話が始まった。僕だけ店の人と話したことねえからのけものにされてる感じあるな。
「はーん……遂に彼氏できたんか、嬢ちゃん」
「違います」
「僕はこいつに助けてもらっただけだ。ええっと……なんて呼べばいい?」
「『大将』と呼べばいい」
「大将ね……ありがとよアキナ。大将! ここって何食えんの?」
「こんな中から選べ。まあ焦んなボウズ。のんびり、水でも飲みながら探せや」
そう言って大将は僕にメニュー表を手渡した。色んな文字が並んでて……何にしようか迷うな。
『さっさとしろ! 待ちきれんぜよ! あと酒も忘れぬようにな!』
さっきから黙ってたのになんなんだよいきなり。うっせえなこいつ……それじゃ、この『餃子』ってやつと、『唐揚げ定食』ってやつにするか。
「大将、これで頼む」
「あいよ」
ぶっきらぼうに大将はそう言って料理を始めた。その間、『早くするぜよ』と『酒はどうしたんじゃ』の2点張りでずっとディルバンがうるさくて、待つのが苦痛だった。
こいつどうにか強制的に黙らせらんねえかな……。
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