浅川 蓮(あさかわ れん)

「あーー、うぅ…くそっ!」


自分の意思とは関係なく言葉が出てくる。

先ほどまでの仲間たちとの馬鹿騒ぎが遠い昔のことの様に感じる。



今日はいつものむさ苦しいメンバーでの飲み会だった。彼女に振られた俺を慰める会だったがあいつらからすれば、馬鹿騒ぎの理由はいつだって探しているんだ。

時にはメンバーの1人が留年が決まった事で、10時間飲んだこともある。バカな集まりで下品な連中だし汚い飲み方だと思うが、嫌いでは無かった。

そんなメンバーの中でも自分は優秀な方だと自負している。仲良くなる必要もない大学のであっても、ゼミでは割と頼られる方だし、女子からも相談事や噂も耳に入てっくる方だ。

バイト先でのおばさま方からの評判も悪くない。


だが、ここ最近で日々が陰鬱としてきている。きっかけは彼女に振られてからだ。

慰めるための飲み会では、マッチングアプリが入っているのがバレたのを散々ネタにされた。腹が立ったが言い返すと面白がってくるので今日の飲み会は酒を浴びる様に飲んでしまった。

いつもより明るい時間帯からの飲み会も、早々に吐きはじめてしまったためお開きとなり、それが一層虫の居所を悪くした。

いつもなら酔いが冷めてから帰路に着くところだったが、今日だけは馬鹿な連中と長く顔を見合わせていたく無かったんだ。


とっとと帰って最近荒れてきた自室でゲームでもしていたかった。アクセルを踏む足に力が入った。

いつもは、大学でも落ちこぼれの烙印を押されているアイツらをからかうくらいの余裕があるのに今日はいい様に言われすぎた。

彼女と別れたのを良いことに散々俺がしてきた惚気話を蒸し返しやがって。

今日見た、アイツらのニヤついた顔が脳裏をよぎり鬱陶しくなってくる。

時期にアパートに着く道だ。

そんなタイミングで車から流れる曲が切り替わった。

うげっ、思わず顔を歪めてしまう。

流れてきたのはK-pop、彼女が好きだった曲だった。

思わず曲を変えようと視線を落とす。

顔を上げるとすぐ近くに黒い影が見える、それが人だと気づくのが遅れる。ブレーキを踏んだ時には遅すぎた。





「くそっ、くそっ、くすぉぉ…」


放心状態で暗い空き地まで辿り着き、車の中で今日の出来事を振り返り情けない声が出る。

まさか、轢いた本人から逃げろと言われるなんて。

言われるがままに、車を出してしまったがアパートには戻る気になれず暗い道を選んで走ってきてしまった。人気のない山道近くの空き地でやっと車を停めた。


ゆっくりと車から降り正面へ回る。バンパーはしっかりと凹んでいたが思っていたほどではない。中古の古い車だったからかもしれない。

ただしっかりと凹みと一緒に赤黒い血痕が擦りついており、暗闇の中でスマホのライトに照らされて赤く光を反射している。

咄嗟に母親の顔が頭をよぎるが電話する気には、とてもなれない。

母は正直言って心が弱っている。最近は特に祖父が施設に入ってからはストレスをコントロール出来ていない気がする。

実家に帰っても、冷蔵庫には賞味期限切れのものしかないし母の手料理も味が変わってしまった。気を使って美味しいと言っても父親と同じで料理に意見するのかと愚痴を聞かされる。そのせいであまり実家には帰らなくなっていた。

考えた末、父親に電話かける。

父は現在、母とは別居中だ。職場の近くの方が便利だからと2人は言っていたが違うと思う。

自分が家を離れたことで父が母の怒鳴り声に反応しなくなったからだろう。母にとっても今はそれが良いと思った。


父は、要領得ない説明でも来てくれた。咄嗟に獣を轢いたと電話で説明した。


父は山道横の草むらで車を停めて降りてきて俺の車をグルグルと回り確認する。


「本当に轢いたのは動物だったのか?」


父の今まで見た事のない様な険しい表情に一瞬たじろぐが、


「林の中から飛び出してきた。すぐ停めたけど山の方に逃げていったよ…」


声の震えを抑えながら考えた流れを思い出しながら語っていく。

何度も同じ様な内容を話す俺を見ながら、

言葉数少なく聞いていた。


「…とりあえず血を洗い流すぞ」


やっと口を開いたかと思うと、思っていた言葉とは全く違う発言だった。

なぜ?と聞けないままで、うなづいた。

父は山道に俺を置いたまま近くのコンビニへ行き、戻ってくると水のペットボトルを持ってきた。ペットボトルの水で父がバンパーにこびりついた暗くなってきた血を一心不乱にタオルで拭き取るのを眺めていた。


「明日からバスを使え、知り合いの修理を頼んでおくから」


そう言われ、凹んだ車を父の住むアパート近くの駐車場に停めた後。何も話さない父の車でアパートまで送られた。

ありがとうと礼を言おうかと思ったが、帰りの車では一度も父と目が合わなかったため何も言えなかった。


父の車のライトが遠くなっていくのをじっと見ていたが、やがて車のライトは角を曲って少しして消えた。

ふらふらとアパートの自室まで歩いてくる。そして、自室のとなりの部屋を通り過ぎる前に足が止まる。

部屋の扉を見つめ、唾を飲み込む。

人の気配はない。先ほどアパートに近づいてきた時に事故を起こした道も通っていた。

だが、何事もなかった様に通れてしまった。父に悟られない様に必死だっただけで考えていなかったが、今隣の部屋からは音はしない。帰っていないのだろうか、いや病院にいるのか?

考えることを放棄し、急いで自室の鍵をあけて部屋に飛び込む。


翌日、スマホで調べ事故の記事を目にした。

被害者は何度も聞いた隣の住人。

ただ、不思議なことに加害者の名前は自分ではない。しかも加害者は事故を認めているらしい。自分は逃れたのだと安堵し喜んだ。

そしてすぐに、初めて自分は冷酷な人間なのだと思い布団にくるまりながら痛みとゾワゾワ痒くなる頭を掻きむしった。それでも、逃げられるんだという安堵と嫌悪感、そして不安で大学を休んだ。

一日サボった事で、もしかしたら急に休んだ事で疑われるのではと不安になってきた。

明日は大学に行かなくてはと思い、2日ぶりに風呂に入った。

言いようのない不安が襲ってくる。

耐えられなくなり、自室を出る。

ネット記事で書かれていた事故現場ではなくあの日の場所へ行く。

そこには人もおらず何事もなかったかの様な夜道と街灯だけが連なっていた。

少しの安堵と、また恐怖が襲ってきてもう一度歩き出す。

ネット記事の事故現場を調べ歩いていく。

そこにも何も無いことを祈っていた。もう犯人が決まっているんだ大丈夫と自分に言い聞かせて歩き続ける。





事故現場には、事故の後の様なものは何も残っていなかった。

ただ遠くから、道脇の茂みを必死で何かを探す人影があった、

人影の持っていた懐中電灯が人影の顔を照らす、鋭い形相で何かを探している父がそこにいた。フードとマスクで明らかに人目を気にしている。

怖くなってバレない様にすぐに物陰から見ていた身体を隠しアパートへ走る。


数日後、父は死んだ。

過労とストレスにより階段を踏み外し頭から落ちたのだと警察から言われた。

母の気の落ちようは凄かった、ずっと泣いていたし、父の遺体にも暴言を何度も吐いていた。

ただそれを見て母が父を愛していたのだと、なんだか驚きそして、罪悪感が襲ってくる。

きっと父は気づいていた。

そしておそらく自分のために何かをしていた。母に何も告げることが出来ず、実家でただ時間が経つのを待っているだけだった。

母は父の遺体に会いに次の日も行き、帰ってきて又泣いていた。その日は、久しぶりの実家の布団で寝れないまま母の嗚咽を部屋越しに聞いていた。

雨が窓に当たるザーザーという音で短い睡眠から目を覚ます。居間に母が降りてくると、

昨日よりは多少穏やかな表情で、父に又会いにいくと言い出かける準備をはじめた。

今日はあんたも一緒にと言われて、言われるがままに自分も乗せて車を出した。

数十分の間、車内には雨音が打ち付ける音だけで母には何も声をかけられなかった。

すると昨日までの弱弱しい声とは違う、ハッキリとした口調で母から声をかけてきた。






「…お父さん、知っとったから」


何を?と聞こうと後部座席から前を向くと正面から迫るトラックに気がついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る