中村 秀兎(なかむら しゅうと)

「オッケー、出来たー」


大きな声に体がビクリと動き掴んでいた箸から海藻サラダが床に落ちてしまった。


「落とすなよ!栄養無いとダメだからこれも入れてやるよ、手作りだから美味しいから」


黒川くんは、そう言うと床に落ちた海藻サラダを拾い上げて手に持っているお皿の上に指でぐいっと押し込んだ。


「…ぃ…いやだょ」


大きな声で言おうと思ったのに、自分から出てきたのは想像よりも小さな弱弱しい声だった。


「好き嫌い言ってんなよ!わがままばっかだから食うの遅いだろ」


黒川くんはさっきより大きい声で僕の机をドンと叩きながら怖い顔で唾を飛ばしてくる。黒川くんは僕より体が大きいから前に立つと後ろの黒板も全然見えなくなる。

すごい怖い顔なのに、すぐ顔が笑顔に変わる。

その豹変ぶりに僕はまた怖くなる。


「好き嫌いしてるやつでも元気になる様に栄養満点にしたから!」


食べかけのパンを押しのけて置かれた器には校庭でみる草とバッタの足とカメムシがみえた。男子から集められた海藻サラダが灰色になった牛乳に浸かっている。

周りから「やさし〜」と声が聞こえてくる。


「た、た食べたらお腹いたくなるから…」


僕は、絶対に食べたくなくて必死に席を立とうとする。


「ズルすんなよ!!食べ終わるまで休み時間無しって決まりじゃんか!先生に言うぞ!」


後ろから肩に押されて、お尻が椅子から離れなくなる。誰なのか後ろを振り返ろうとしたが爪が肩に刺さるかと思うくらい力が入れられて泣きそうになる。


「やだよ!食べれないよこんなのっ」


しまったと思って顔から汗が出てくるのを感じる。


「てめー、ズルばっかすんなよ!!」


今までよりも大きな声に前を見れなくなる。

口ごたえしたから、またつねられかと思い両手で自分の二の腕を掴み守ろうとした。

だが、グシャっと髪の毛を掴まれて引っ張られた。


「いたい!いたい!いたい!」


必死にうったえるが、周りからの笑い声で力がどんどん強くなる。お皿に顔をつけられそうになり抵抗する。


「お前の父さん犯罪者なんだろ!だからズルすんだろ!!」


髪の毛を引っ張られる痛みの中でも声が出せなくなる。


「犯罪者ー!痴漢なんだろお前のパパはクズじゃん!」


違うと言う事もできず、目から涙があふれてくる。痛いから泣いてるのか、お父さんの事をバカにされて泣いているのか、それとも何も言えない自分が情け無くてか、笑っているクラスメイトが憎くてなのか自分でも分からない。

分からなくてまたどんどん目から涙が頬を流れて行くのを感じる。


「わがっだぁ、うぅ、分かったからやめてよ」


早くやめて欲しくて分かったと言ってしまった。皆んなが「たべーろ、たべーろ」と手を叩く。


「早くくえよ!」


ニヤニヤしながら黒川君の声に急かされて震える箸でサラダをつまむ。唇がカサカサしているのを感じる。食べたくない!食べたくない!

でも、肩を掴む手の力がまた強くなり爪が突き刺さってくる。


「…うっ、うっ、うぐぅ」


僕の変な声を聞いて皆んながまた笑う。

早く逃げ出したくて咄嗟に箸を口に押し込んだ。


「おごおぅ」


すぐ苦さと変なウサギ小屋みたいな匂いで気持ち悪くなり声が出る。必死に吐かないように口を押さえると皆んなが喜んだ。


「出すなよ!飲め!噛むんだよ!!」

「ゲロだすんじゃね!」

「きもちわるーい」


もう誰の声かも分からない。皆んなの前で吐いたらまたバカにされると思いなんとか飲み込んだ。


「ほんとにくったー!」

「やばー、汚ーい!」


鼻水と涙でもう、帰りたいという気持ちだけだった。


「まだ残ってるから、残すなよ犯罪者ー」


心臓をいっぱいの針で刺されたみたいに、キューッと胸が締め付けられる。


「やめろよ!バカがする事じゃん!」


教室のドアが勢いよく開いた音と聞き覚えのある声が聞こえた。

ドアのほうを見ると親友のマーくんが泣きそうな顔で立っているのが見えた。

黒川くんは、嫌な顔をしながらマーくんに近づき肩を思いっきり突き飛ばした。

マーくんが黒板に背中を思いっきりぶつけて痛そうにうづくまる。

その時、先生の声が聞こえてきた。

男子の皆んなは散り散りに走っていく。そのうちの誰かが僕の机にのっていたお皿を取ってベランダの方へ持って行った。




1人で帰り道を歩いた。下駄箱にガムテープが何重にも貼ってあって靴を出すのに苦労したから校門にはほとんど人がいない。

あの後、先生には何があったか聞かれたが食べるのが遅かったから、からかわれたとだけ言った。

誰に言われたかは分からないと言うしかなかった。黒川くんの名前を出せばきっと明日にもっとひどい目に合うと分かっていたからだ。

校門を過ぎて、細い道に入り角を曲がったところにマーくんがいた。


「マーくん!」


僕は今日1番の大きい声でマー君に走っていく。自分が笑っている事に気づいて、そういえば今日はじめて笑っている事も気づいたがマーくんの笑顔を見てすぐにどうでも良くなった。


「しゅーちー、まってたよ!」


しゅーちーは僕のあだ名だ、呼ぶのはマーくんだけ。僕たちは学校で話してると絶対に蹴られたりするから、いつも少し学校から離れた所で会うようにしている。


「今日たいへんだったね」


何故かマーくんは申し訳なさそうに答える。


「マーくんありがとう!…背中大丈夫?」


マーくんは平気だよと言う表情で背中をさするようなジェスチャーをした。

横に並ぶとマーくんの顔が僕の顔より少し下にくる。マーくんは僕より背が低い、なのに僕より勇気があって酷い目にあっている時にいつも助けてくれる。

何も無い僕が唯一自慢できるのはマーくんの親友だった事だ。

僕にはマーくんがいつか立派な大人になるという確信があった。


「マーくんスゲーかっこよかったよ!」


僕は自分の事かの様に声を張って話しかけた。

2人でマンガの話をしながら歩いた。マーくんはマンガもたくさん読んでいるし、おんなじマンガが好きだったから良くマンガに出てくる超能力の話をする。

マンガかサッカーの話がほとんどだ。マーくんはサッカー選手になりたがっているが背が低くいからダメだと話す。


「背が低いとボールを取られちゃうんだよ、それに、なめられるから…」


僕はすぐに背が高くなるよと励ますが、その時だけはマーくんがくらい顔をする。


「今度の身体測定では、きっとすごい伸びてるよ」


僕が話すとマーくんが少し笑いながら、いつか僕の身長をこすんだと言う顔をみて安心した。


「来週の夏休みはじまったら、1週間くらいゲームしよーぜ!家にいっぱい来て特訓するんだよ」


夏休みの話で僕はドキリとする。

今日の帰りのホームルーム後で黒川くんに言われた言葉を思い出したのだ。


「花火大会ぜってー来いよ、逃げるなよ」


僕が返事をしないからマーくんは、変な顔をする。


「用事あるの?」


僕は慌てて予定をたてながら帰り道を歩いた。僕が花火大会には行けないと話している時だけマーくんは僕の顔をじっと見ていたけど、なるべく他の日の話で誤魔化した。







すごい勢いだった。


僕が河原で石を投げられたり屋台の水風船でずぶ濡れになりながら的になっている時にマーくんは走ってきた。土手の上から野球ボールくらいの石を黒川くんめがけて投げたのだ。石は振り向こうとする黒川くんの頭の横にあたった。

その石よりも、僕の目の前で倒れた黒川くんの額から流れ出てくる血の量が僕を動揺させた。


「捕まえろー!」


黒川くんのこえで周りの男子たちがマーくんを追いかけていく。マーくんはすぐに土手を追いかけられながら屋台の方から遠ざかっていく。

僕の目の前でふらつきながら黒川くんがボソボソと喋り手首を掻きむしっている。どうやら自分の手が血まみれなのに気づいていない様だ。

暗がりで多分周りのみんなも黒川くんの顔がどんどんと血で赤くなっているのに気づいていなかったのだろう。


「おい!今の誰だったんだよ!」


黒川くんは僕のほうを見ながら声をだす。だがぼーっとしているのか目があわない。膝をつきぶつぶつと喋る。

その時、黒川くんがパタリと倒れた。


ひゅーーー……


ドンッ


花火が上がった音がする。だが、僕はそれを見る余裕はない。

花火の光で一瞬だね周りが明るくなる。

倒れた黒川くんの顔が花火でハッキリと見える。真っ赤だ、今まで見たことないくらいの赤で塗られた様な顔。

きっと僕の様子がおかしかったからマーくんは探してくれたんだ。

だから、屋台から少し離れた河原に来てくれた。


黒川くんは全く動かない。

その時にまた花火が上がる。


ドンッ…ドドドドッドン


花火が空で何度も音を上げて暗闇を明るくする。

その中で土手の上にある白い箱の様なものが見えた。このままだときっと、マーくんは僕のせいで犯罪者になっちゃう。

そんな考えが頭で浮かんだ。ダメだ!マーくんはサッカー選手になるし、立派な大人になる。

僕は気づくと黒川くんを引きづって土手を登っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はっ」


息が上がる。全身から汗流れているのが分かる。必死で土手を少しづつ登って行く。

運良く誰も土手を通らなかった。なんとか土手を上がると白い箱の全体が見えてきた。なんとか子供なら入りそうな箱には黒い線が出ている。横にはかき氷の絵が描いてある。

なんとか箱までたどりつき箱を開ける。カギはかかっていなかった。

中にはたくさんの氷が入っていた、必死に手で氷を出しては下に捨てて行く。

屋台が並ぶ位置からは少し遠いが灯りは道の先で見える。急がなきゃ。

手がだんだんと痛くなる、指先がかじかんで爪が氷にひっかかるたび痛くて泣きそうになるが氷を出す。

空間がなんとか出来ると急いで黒川くんを持ち上げる。

失敗して、黒川くんがどすんと地面に落ちる。

もう一回。

下にタイヤが付いていて動いて入れにくい。

遠くから声が聞こえる、誰かこっちにくるかも。

もう一回。

なんとか黒川くんを箱に押し込む。灯りの方から人影が近づいてくるのが見える。

すぐに見つからない様にと慌てて付いていたカギをかける。

そして、無我夢中で走り出した。



僕は、神社で泣いているのを警察の人と親が見つけた。気づいていなかったが僕は服も手も顔も血まみれだった。

黒川くんは死んだ。

凍えて死んだのだと教えられた。

良かったと思う。マーくんのせいじゃ無いって事だから。


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