第4話 回帰した世界で
「う、ううっ……」
頬に当たる温かな布に既視感を覚えた私は、ゆっくり目を開くと、見覚えのあるテーブルとキッチンが視界に入った。
「ここって、我が家よね? でも、私……」
地下牢獄で息を引き取ったと思っていた私は、慣れ親しんだベッドから起き上がると、久しぶりの我が家を見回した。
すると、玄関に立て掛けてあった姿見に、お母さんの葬儀に着ていた服を身に纏った5歳の自分が映り、思わず目を見開いた。
「嘘、でしょ?」
姿見に映る幼い自分が今の私なのか信じられず、思わず頬をつねると、姿見の私も同じように頬をつねって、指から生温かい温度と痛みが指から伝わった。
どうやら、時間が戻ったらしい。
「一体、どういうことなの?」
――死の間際、来世で穏やかな生活を願った。けれどまさか、時間が戻るなんて思いも寄らなかった。
なぜ時間が戻ったのか分からず首を捻ると、不意に過去の記憶が蘇り、慌てて外を見て、まだ夜明け前だったことに安堵する。
「良かった。まだあの人達は来ていない」
――私を連れ去ったあの人達は確か、昼過ぎに来たはずだから。
「どうして時間が戻ってしまったのかは分からないけれど……これはチャンスよ!」
――そう、私が前世で願った未来を掴むチャンス!
気合を入れた私は、急いで部屋の奥から使い古された大きな肩掛けカバンを引き出すと、家にあった食料や衣服など必要な物を入れていく。
――このカバンは、お母さんが就職祝いに貰ったカバンで、収納魔法が付与されているから、たくさん物を入れても今の私が持って行くには問題無いはず!
前世では使うことが無かったカバンに必要品を詰め終えると、カバンを斜めにかけた。
すると、テーブルの上にある手紙が視界に入り、それを手に取ると目を通した。
この手紙は亡きお母さんからの手紙で、そこには私がジェフリー公爵家の娘であり、お母さんに血のつながりが無いこと、自分が死んだ後のこと、私のことを愛していることが書かれていた。
『もし辛くなったら、地図にある孤児院に行きなさい。そこはお母さんの親戚が経営している孤児院だから、あなたのことを受け入れてくれるわ』
「お母さん……」
血の繋がりの無い私を娘のように育ててくれた大好きなお母さん。
「お母さん。私、今度こそ幸せになるから」
――誰かの奴隷になることもなく、穏やかで幸せな未来を掴むから。
いつの間にか流れていた涙を拭い、手紙を懐に入れた私は再び外を見た。
――もうすぐで夜が明ける。となると、そろそろ村人達が活動を始める。
「出来れば、村人達に見つからずに村を出て行きたいんだけど……そうだわ!」
そう言って、小さなクローゼットから少し大きめの黒いローブを取り出して纏うと、キッチン近くに置いていた大きい麻袋を部屋の真ん中に置いた。
「後はこの家を燃やせば、村人達だけじゃなくて、あの人達も私が死んだと勘違いするはず!」
前世で使用人として働いた頃、私は偶然、あの人達が村人達を買収し、私の居場所を教えたことを知った。
まぁ、平民が貴族に逆らうなんて出来ないし、この村はそれなりに貧しい村なので、村人達が大金に目がくらんでしまうのは仕方ない。
だからこそ、今世では私の存在を消す……思い出の詰まったこの家ごと。
「本当はこの家を燃やしたくない。でも、私が死んだと思わせないと」
――あの人たちが欲しかったのは、あくまでお母さんの補充要員。私である必要はない。
そう自分に言い聞かせ、裏口から家を出た私は、村人がいないことを確認し、マッチに火をつけて家の中に放り込んで扉を閉じると、手紙に入っていた地図を頼りに脇目も振らずに一目散で村の外に出た。
「火事だ!!」
そして、村人達が火事に気付いた頃、私は村近くの大きな街を訪れ、孤児院近くを通る乗合馬車に乗っていた。
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