第3話 奴隷令嬢は来世に願う

 アイリーン様につけられた首輪は『隷属の首輪』と呼ばれる禁断の魔道具で、装着者の魔力や生命力を使い、装着者の自我だけでなく、睡眠や食事など人として生きるために必要なことすら奪い、主人のために働く奴隷と化す恐ろしい物だった。

 それをどうしてアイリーン様が持っていたのかは分からないけれど、聖女様の奴隷となった私は、義妹に手を引かれるがまま彼女の住む華やかな離宮の薄暗い地下牢獄に閉じ込められた。



「あんたはこれから、私の奴隷として地味な仕事を全てやってもらう。そのために、あんたを王太子妃教育のみならず王妃教育も受けさせたんだから♪」



 ――そんなことのために受けさせていたなんて! 嫌だ! 今すぐ私を故郷の村に帰して!


 楽しそうな笑顔のアイリーン様からのお願いを聞いて、今すぐここから逃げたかった。

 けれど、奴隷の私には手足すらも動かせなかった。



「それじゃあ、よろしく♪」



 そう言って、アイリーン様は護衛騎士達が持ってきた大量書類を牢獄に入れると、彼らを連れて地上へ繋がる階段を軽やかに駆け上がった。


 それからというもの、私は聖女様の奴隷として、騎士達が運んでくる書類をアイリーン様の名前で淡々と処理していく。


 そして、魔道具に感情や時間間隔を奪われた頃、彼女の分だけでなく、国王陛下を始めとした、彼女のお気に入りの殿方から書類仕事を押し付けられた。


 それも主の命令として淡々と処理していると、アイリーン様の艶めかしい声が聞こえてきた。


 離宮の奥でお気に入りの殿方と愛を深めているのだろう。


 そんな声が、昼夜問わず毎日聞こえてくるようになったある日、突然、獣達の呻き声が離宮に響き渡った。



「ヒイィ! アイリーン、何とかしろ!……って、アイリーンどこだ!」



 アイリーン様の夫である陛下の情けない声が地下牢獄まで届いた瞬間、地の底を震わすような獣達の声が再び離宮に響き渡った。



「クソッ! アイリーンのやつめ、魔獣が王都に来た瞬間、さっさと国外逃亡したな! この淫乱女! こうなったら、俺も愛人を連れて国外逃亡だ!」



 近衛騎士達を連れて離宮に来た陛下は、国外逃亡を決めると離宮を立ち去った。

 その時、胸に激痛が走り私は、簡素な木の椅子から冷たい床へと倒れ込んだ。



「うぐっ、これって……はっ!」



 ――声が出ている! ということは、私は聖女様から解放されたってことね!


 自分の意志で手が動かした私は、魔獣が来ているにも関わらず、喜びに打ち震えていた。

 その刹那、激しい胸の痛さと苦しさが体を縛り付けた。



「ハァ、ハァ……これって、もしかして禁忌の魔道具を使った代償?」



 胸の苦しみから徐々に呼吸が浅くなり、その場に寝転んだ私は、魔道具を使った代償で自分の命がそう長くはないと悟った。



「そんな……やっと自由の身になれたのに!」



 ――なのに、ここで終わりなの? 私の人生、ここで終わっちゃうの?



「……悔しい」



 お母さんが亡くなってから、私の人生は誰かに使われるものになった。

 それでも、いつか故郷に帰って、あの時のような穏やかな暮らしが出来ると思った。



「私、まだまだやりたいことたくさんあったのに」



 ――もっと色んな勉強がしたかった。あわよくば、平民では会得出来ない『魔法』を会得してみたかった。そして、聖女様の護衛をしていて出来なかった友達を作ってみたかった。それと……



「誰かを愛して、誰かに愛されたかった」



 牢獄に繋がる扉から黒煙と生ものを燃やしたような酷い異臭が、地下牢獄まで届いた時、既に離宮が魔獣に蹂躙されたのだと知る。


 けれど、逃げる力も奪われた私は、薄暗い場所で1人孤独に人生が終わることに悔し涙を流すしかなかった。



「こんなところで死にたくない……けれど、もし」



 ――来世があるなら、自分の手で幸せを掴めるようなものにしたい。


 扉を突き破り、異形じみた獣が階段から降りてきた時、私は気を失うように静かに息を引き取った。


 その直後、私のことを助けに来てくれた人が、禁断の魔法を使って時を戻したとも知らずに。

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