第5話 処女のピンチ

 暫くして、ゆっくりと顔をマットから上げた先生は、目も虚ろで焦点も合っておらず、ポヤ~ッとしていた。


「先生? チトマス先生? 大丈夫ですか?」


 私の顔を一目見た瞬間、交感神経が刺激されたのだろうか、瞳孔が散大したかと思うと、髪の毛の先から、わなわなと震え始めた。


「……何だ……この美少女は? ……お前……こんなに可愛かったのか……」


「やだ、もう前からですよ。どうしたんですか? そんな真剣な眼差しで……」


 催眠術が掛かったと確信したのだろうか、ミスター珍は台車に仰向けに乗ったまま、ゴキブリのようにカーテン状の間仕切りまで向かうと、そのまま逃走した。『グッド、ラック』という言葉を残して。


「チトマス先生、そんなに情熱的な目で見つめられたら、さすがの私でも恥ずかしいです……」


 ドキドキとニヤニヤが隠せない私の言葉を無視するかのように、先生は私の両肩を、むんずと掴むと耳元で甘い声で囁いてきた。心地よい、ぞわぞわが全身に広がり、鳥肌が立つのを止められない。


「おい、アマクリン……ここでは何だから……ちょっと場所を変えないか?」


「ええ~? いいですとも」


 それは異様な光景だった。いつもの二割増しくらいにイケメンとなったチトマス先生は、女教師とは思えないような強引なエスコートで私を教室外へと連れ出す。

 いち早く気付いた店長のローレンスが、慌てて呼び止めた。


「ちょっと、アマクリン! どこ行くのよ?」


「さあ~? 私にも分かりません。先生に訊いてくだ……」


 私と二の腕を組んだままの先生は、周りの目を気にするでもなく、ローレンス委員長に合図した。


「委員長、言わなくとも分かるだろう? つまり……そういう事だ」


「また何か、やらかしたのですか……了解です」


「ちょっと、ちょっと委員長!」


 いつもとは違うマジな先生の強引さに、多少の不安を抱いた私は、赤面しながら先生に訊いた。


「あのう……今からどちらへ?」


「フッ……今日は文化祭ゆえに保健室は無人なんだ。皆、外の救護スペースに出払ってる」


「ほう、そうなんですか……ハッ!」


 ただならぬ雰囲気に先生の顔を覗き込んだ私は、ロストバージンという言葉が脳内を電撃のように駆け巡った。興奮状態の先生は息も荒く、普段のクールさを感じさせない肉食系女子そのもの。


『こ、これは……ひょっとして……ええと……今日の下着は……何だったっけ?』


 トイレに行ってパンストをずらし、チェックする暇はあるのか……。

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