第3話 婚約破棄しました
「……というわけでして、畏れ多くもティナとアルベルト殿下の婚約を破棄したいのです」
お父様にアルベルト様との婚約破棄を申し出てから数時間後、早馬を出していたお父様は、国王陛下との謁見が許されたと分かるといなや、メイド達に私の支度を命じ、それが済むと急いで馬車で王宮に向かい、王城の奥にある謁見の間に赴いた。
「ふむ、確かにそなたのいうことには一理ある」
「でしたら……!!」
「だが」
威厳溢れる顔をしながらも嬉しさが滲み出ているお父様を見て、なぜか渋い顔をした陛下が不安そうな目を渡しい向けた。
「ティナ嬢はそれでいいのか? 王命とはいえ、アルベルトとはそれなりに仲良くしてくれただろう?」
――それって、遠回しに『それが原因でアリアを虐めていただろう?』っておっしゃっているのよね?
ニヤニヤとこちらを見てくるお父様を無視し、私は小さく首を縦に振った。
「はい。それが、我がバトニール王国民が望んでいることでしたら」
「……そうか、自らの意志よりも民の想いを優先したということか。聖女を虐めていたとは思えない、実に賢明な判断だな」
「ありがとうございます」
使用人達から私のことを聞いていたお父様と同じく、陛下もまたアリアの健気さに絆されてしまったアルベルト様や王妃様、そして王城で働いている使用人達や多くの貴族達から私のことを聞いていた。
――だから、私が何を言っても無駄なのよ。
筆頭公爵家の娘として毅然としている私に、ゆっくりと目を閉じた陛下が少しだけ思案すると、目を開けて首を縦に振った。
「よかろう。アルベルトとティナ嬢の婚約を破棄し、アルベルトとアリア嬢の婚約を認めよう」
「「ありがとうございます」」
親子共々深々と頭を下げると、深く溜息をついた陛下が玉座に背中を預けた。
「しかし、本当に良かったのだろうか?」
「と、言いますと?」
顔を上げたお父様につられて顔を上げると、そこには不安そうな顔をしている陛下がいらっしゃった。
「そもそもなんだが、この婚約はアルベルト自らが望んだことなんだ」
「何と!」
――えっ、そうだったの!?
小説では語られていない事実を耳にし、お父様と共に言葉を失っていると、深く溜息をついた陛下が肘掛けに頬杖をついた。
「何でも、王妃主催の茶会でティナ嬢に一目惚れしたようなのだ。まぁ、聖女アリアと会うようになってから、ティナ嬢とは疎遠になっていたようだし、逆にアリア嬢との仲は急速に深まっているみたいだからな、遅かれ早かれこうなっていたのだろう」
「そう、ですね」
――そうよ、どちらにしてもアルベルト様とアリアは結ばれる運命だったの。
小説の最後で幸せそうに結婚式を迎える2人を思い出し、小さく唇を噛み締めた時、背を正した陛下が申し訳なさそうな顔で私を見た。
「とはいえ、アリア嬢には申し訳ないことをした。せめてもの償いとして何か私に出来ることがあるなら遠慮なく申し出てもらいたい」
「っ!!」
――ついに来たわ!
チャンス到来と喜んでいる隙に、待っていましたとばかりにお父様が口を開く。
「でしたら、ティナを隣国の王城に使用人として雇ってもらうよう取り計らってもらえないでしょうか?」
「使用人? 先日、即位されたばかりの国王の側室ではなく?」
そう、この頃、私は社交界で『毒婦として日夜遊んでいる』と噂されていた。
誰が流したか知らないし、社交界なんてアリアがうちに来てから一切出ていないんだけどね!
「はい。それが、傷物令嬢になる私が家に出来る最後のことですので」
「そ、そうか……分かった。私の方から隣国の王に雇ってもらうよう取り計らおう」
「ありがとうございます」
再び頭を深々と下げる私とお父様を見て、再び深く溜息をついた陛下が窓に映る空に視線を移した。
「これで良かったんだよな?」
私やお父様には聞こえなかった、陛下が口にした不安。
それが、悪役令嬢である私の運命を変えるとも知らずに。
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