第4話 なぜか迎えが来ました

「ティナ! 次はこっちの洗濯をお願い!」

「はい!」



 アルベルト様との婚約が破棄された翌日、王宮から帰って早々、その場でお父様から勘当された私は、トランク1つと大金と紹介状を持たされて屋敷を追い出された。


 個人的はとても好都合だったので、その足で隣国ルークベルク王国の王城を訪れ、陛下の名前が入っている紹介状を渡すと、その日のうちに面接が行われ、あっさり王城の使用人メイドとして雇われた。


 毎日忙しいけど他のメイド達とも仲が良いし、充実しているからここに来てからの1年なんてあっという間だった。



「それにしても、ティナ。元貴族令嬢なのに、随分と手慣れているわね」

「アハハッ……」



 ――『前世でよくやっていたし、今世でも毎日のようにやっていたからね』とはさすがにいえない。


 1年前、メイド長から紹介された時、私のことは『隣国の貴族令嬢』としか紹介されなかった。

 というのも、紹介状に『私が勇者の元婚約者であったことは伏せて欲しい』と書いてあったからだそうな。



「それじゃあマリ、先に干し場に行っているわね」

「相変わらず早いわね~。分かった、先に行って!」



 悔しそうな顔をしている同僚のマリに笑顔で別れを告げた私は、足早に誰もいない場所を通った。



「それにしても、無事に破滅回避が出来て良かったわ~」



 小説の終盤。王都に勇者パーティーが戻ってきた時、謁見の間で陛下に報告をしていたアルベルト様が突然、お父様と一緒に来ていた私を糾弾して、婚約破棄を言い渡す。

 それに納得出来ない私が怒った直後、魔王の残滓に乗っ取られ、人ならざる者に変わり、ヒロインに対する憎しみの感情を利用されてアルベルト様達を襲う。

 謁見の間が阿鼻叫喚に包まれる中、アルベルト様達は力を合わせて、異形の物になった私を倒す。

 その後、勇者と聖女は結婚してハッピーエンドを迎える。



「読んでいた時は『実に悪役令嬢らしい終わり方だな』と思ったけど、いざ当事者になると堪ったものじゃないわね!」



 ――冤罪をかけられた挙句、魔王に乗っ取られて殺されるなんて冗談じゃないわ!



「でも、勇者パーティーが帰ってくる前に隣国に来れて本当に良かった!」

「何が良かったの?」

「マリ!」



 いつの間にか後ろにいたマリに驚いていると、私と同じ大きな洗濯カゴを持ったマリがニヤニヤした顔でつついてきた。



「何、もしかして昨日の凱旋パーティー行きたかったの~?」

「ま、まぁ、そんなところよ! 何せ、この世界に平和をもたらしてくれたんだから!」



 ――本当は無事に破滅回避出来て心底嬉しいだけなんけどね!


 ここルークベルク王国でも勇者パーティーの偉業は当然伝えられ、凱旋パーティーにはルークベルク国王が出席されたそう。



「ふ~ん、そう言えば、勇者様と聖女様の婚約披露がされなかったわね」

「確かに、噂では『帰ってきたら即婚約』って言っていたから」



 ――小説では無事にハッピーエンドを迎えているはずなのに。


 小説とは違う展開になっていることに違和感を覚えつつ、王城の裏手にある大きな干し場に来た時、空から聞き覚えのある声が降ってきた。



「お姉様!」

「えっ?」



 ――この声、もしかしてアリア!?


 聞き間違いかと想い顔を上げた瞬間、空から何かが複数落ちてきて、辺り一帯を砂塵が支配した。



「えっ、なにっ?……わっ!」



 大量の砂埃に私とマリが咄嗟に目を伏せると、持っていた洗濯カゴが何者かに取り上げられ、足が宙に浮いた。



「やっと見つけた」

「っ!?」



 ――嘘、どうしてここに?


 耳元で聞き馴染みのある低温ボイスが囁かれ、驚いた私が恐る恐る顔を上げると、そこには勇者にしか扱えない大剣を背に、使い込まれた鎧に身を包んだ、金髪碧眼の凛々しい顔立ちをした男性の甘い笑みがあった。



「迎えに来たよ、ティナ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る