第3話 あっけない死
密林に入って数分。既に前線基地は見えなかった。
「ハァッ……ハァ…」
俺はやっと立ち止まり、息を整える。
周りには巨大な樹々しか見えない。
見上げると、信じられないほど高い位置まで木が伸びている。
今まで見てきたなかで、一番高い建物が街の時計台だったが、それよりも高いのは確実だ。
周囲の植物も、今まで見たことがないほど巨大だ。
時折ガサガサと草や木が擦れる音が聞こえてくる。
気がつくと、身を屈めて怯えるような体勢になっていた。
「ゔッ……ゔぅ……!」
押し殺したような泣き声がもれた。
一人でいることがたまらなく心細い。
立ち止まると、急激に恐怖が膨らんできた。
後ろから銃で撃たれるのも怖かったが、今の不安はその比ではない。
自然に足が後ずさる。
そうだ、きっとあの人達だって人を殺したいわけではない。
非武装地帯との境目に居続けても、許してくれるさ。
自分にそう言い聞かせ、走ってきた方向に早足で戻り始める。
怖い…………とにかく怖い……。
さっきまで実感のなかった恐怖が、今頃になって襲ってきた。
今まで
だが、俺の足は止まらなかった。
悔しい思いも、この締めつけられるような孤独と恐怖には勝てない。
「ハァッ……ハァッ……!」
足が自然と早まる。もう、ほぼ走っている状態だ。
「ぶっっ!!」
草木で見えなかった窪みに足を取られ、顔面から前に倒れ込んだ。
クソッ
こんなところに倒れているわけにはいかない。
俺はすぐに立ち上がろうとしたが、足が動かない。
……なんだ?
視線を向けると、鋼のように硬く、鋭利な葉が足に突き刺さっていた。
「うわぁぁ!!」
俺はひどく情けない声をあげて、必死に体から抜こうとした。
「っ……!」
鋭利な葉をつけた枝は、地面に深く突き刺さっていてうまく動くことができない。
葉は「かえし」がついたような形で、簡単には抜けそうになかった。
なんだこの植物は!
今まで生きてきた世界とは、明らかに別の存在だ。
やはりここは危険すぎる。
早く前線基地が見えるところまで戻らないと……。
無理矢理引っこ抜こうと苦戦していたが、ふと違和感を感じた。
なんだ……?
急に暗くなったぞ……。
俺は、ゆっくりと視線を上にあげた。
「あ……ぁぁ……」
諦めたような声が自然と口から漏れる。
見たこともない生き物が目の前にいた。
鼻息で周囲の草が揺れるような大きさ。
巨大な鳥のようだが、大きな翼を閉じたまま二足で歩いている生き物が、正面から俺を見つめている。
……動けない。
俺を丸呑みできるほどの大きさだ。
その生き物から逃げなくてはならないことは分かっていたが、何故か俺の体は固まっていた。
ガサガサと大きな音がして、さらに2体が俺の前に集まってくる。
もう……ダメだ。
そう感じた瞬間、中央の1体が甲高い鳴き声を上げ、俺に食らいついてきた。
「うゎぁぁぁッ!」
巨大な顔が迫り、弾かれたように体は動いたが、身を固めることしかできない。
鋭くならんだノコギリのような歯が、目の前いっぱいに広がる。
体を守ろうと自然に前に出した腕では、とても押し返すことが出来ず、容赦なく肩まで歯が食い込んできた。
「ヴグッアア! い、いやだぁぁ!」
手を滅茶苦茶に動かして抵抗するが、獣は容赦なく俺の体を啄ばみ、体を宙に浮かす。
走馬灯のように、今までの人生が脳裏に蘇る。
ああ、小さい頃は「シニガミを倒してやる」って言ってたな……。
運動は得意だっから、今よりも活発な性格だったっけ……。
シニガミを倒すことが無理だと分かると、
でも、結局俺は
何も、目標が達成できなかった。
そのたびに、俺はいつもすねて、世間を恨んでいたな……
思い出すのは不貞腐れて、一人で愚痴ってる姿ばっかりだ。
みんなにバカにされたな……誰にも声をかけてもらえず、邪魔者のように扱われたっけ……
ああ、ちくしょう。
なんで俺ばっかりこんな目に遭わないといけないんだ……
いやだ……、痛い! 死にたくない……。
誰か、誰か助けてくれ……。お母さん……。
--こんなに……あっけなく死ぬのか。
「ギァァァァァ!!」
突然、呻くような鳴き声が上がった。ズドンっと大きな音がする。
かろうじて目を開けると、俺に襲いかかっていた鳥型の獣の1体が、倒れて苦しんでいた。
すぐ背後には、黒いベールを纏った人型の存在がいた。シニガミだ。
シニガミは滑るように移動し、あっという間に俺の胸に触れる。
と、同時に俺に歯を突き立てていた獣が、黒と黄色のエネルギーを身に纏い、走り出す。
それに合わせて俺の視界も急激に動き出した。
肩と服に突き立てられた歯が食い込んんだままだ。
エーテル燃焼によるエネルギーを利用して走る獣の速さは、まさに風のように速い。
鳥のように常に飛んではいないが、先ほど見上げた木々よりもはるか上空へ跳ね上がりながら進んでいる。
起伏が激しい地面を走り抜ける。
小さな山を、一瞬でいくつか超えた。
速すぎて、目を開けていることができない。
獣がしばらく走りつ続けた後、ついに俺は振り落とされて地面に転がった。
「ゴホッ、……ウグッ……」
体を激しく打ち、地面を何回転も転がる。
巨大な木に背中のリュックごと叩きつけられてやっと止まった。
俺は……助かったのか?
仰向けのまま、茫然と空を眺める。
身体のあちこちが、滅茶苦茶痛い。
だけど痛いということは、とりあえずは生きてるみたいだ。
「ゔぁっ……」
体を起こそうとして痛みが走り、再びリュックを背にした仰向けのまま力を抜く。
木々の間から光が見える青空を、茫然と眺めた。
さっきの状況を思い返す。
あの時、俺はシニガミに触れられたのか?
首につけられたチャージリングを触ると、埋め込まれていたイドラ鉱石が、半分以上消えていた。
助かった…。
運良く、イドラ鉱石に守られた。
……俺は、今まで何をしていたのだろう。
空を見上げて呆然としていると、そんな気持ちがふと湧いてきた。
俺はあの時、確かに死に触れたのを感じた。
タイミング良くシニガミが来なければ、確実に死んでいた。
よみがえる走馬灯の中で、何もできなかった自分と、才能や環境の差に悪態を吐き続ける日々を思い出した。
だけど、周囲に才能や環境の怨み言を吐き続けても、何も変わらなかった。
そして誰も助けてくれずに、さっきみたいな死を迎えるんだ。
「ふっ……ははっ」
なぜか自然に笑い声が漏れた。
「死ぬ間際で思い出すのが、愚痴りつづけてる記憶って何だよ……
俺の人生、何もしてこなかったんだな」
頭を抑えて、自嘲気味に笑う。
「ははっ、まさに自己責任か。
だけど、せめて一度くらい誰かに……」
仰向けで呆然としていたが、俺はゆっくりと体を起こした。
っ……!
なんだ? 周囲を見渡そうとしたら、右目にしみるような痛みが走った。
「痛った……顔が……」
恐る恐る顔を触れると、右の瞼の上から、目の下、頬あたりまで、大きな切り傷があり、ドロリと血の感触がした。
これは、さっきの鳥みたいな奴にやられたのか?
幸い、目は見えるけど、血を止めないと……
右手で押さえて、なんとか血を止めようとするが、血が止まらずに溢れてきた。
すぐ近くに大きな岩が見えたので、傷を負った方の足を引きずるようにして岩陰に隠れる。
焦りながら、背中に背負っていたままのリュックを下ろし、中を探る。
「あった……! よかった……」
血に濡れた手で、青い十字の印がついた救急キット
を取り出し、入っていたガーゼで、顔を強く抑える。
救急キットが入っていたのはありがたい。
どうせ死ぬ奴には必要ないと判断されて、抜かれていた可能性もあったと思う。
顔の傷だけでなく、肩や足など、大きな傷口だけは何とか処置することができた。
全力で走ることはできないが、動くことはできそうだ。
とりあえず、どこか隠れられる場所と水が必要だな。
俺は慎重に立ち上がり、あたりを見渡すが、隠れられそうなものは見当たらない。
どれだけの距離を引きずられたんだろう。
方向が全くわからない。
迂闊に動くと、さっきのようなやばい奴らに見つかるかもしれない。
でも、ここにいてもジリ貧だ。
どこかに川があれば良いけど……
マルコと呼ばれた隊員が、湖の話をしていたことを思い出す。
湖があるということは、どこかに川もあるだろう。
日が登っている方向から考えると……東側はこっちか?
俺は大まかな見当をつけ、街とは反対の方向へ歩き出した。
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