第2話 未踏領域



--それが現れたのは、約400年前。


 人類が未踏領域の開拓を進めている真っ只中。

 希望に満ちた時代。


 その存在が現れてから、たった数年で世界が変わった。


 初めは探索隊の全滅、次に近くの街が壊滅。


 全てを透過するシニガミは、人類の生息圏を縦横無尽に動きつづけ、人々はなすすべなく"狩られ"つづけた。


 その鉱石が見つかったのは、人類の人口が半分になった頃だった。


 たまたま生き残った人がつけていた装飾品から、シニガミの攻撃を一定確率で無効化する鉱石が判明。


 安かった装飾品の石は、その日から何よりも高価な資源に変貌した。


 だが、新たな鉱山は次第に見つからなくなり、石は枯渇し始めている。


「…ぃ…おい!聞いているか?」


 俺は強く声をかけられてハッとする。


「……しっかり聞け。

ここから先が未踏領域だ。正確には何人か探索で進んだ者はいるが……この先がどこまで続いているのかは誰にもわからない」


 首に黄色のチャージリングをつけた軍人が、淡々と俺に告げた。


 俺を未踏領域に放り込む役目を負った警備部隊の一人だ。


 俺の目の前に広がるのは、起伏の激しい地形と、見上げるほどに高い樹々の密林。


 時々聞こえる、謎の鳴き声が心底不気味だ。


 外側から見るだけでもわかる。明らかに人の手が及んでいない領域。


 一人で入って、生きていられる場所ではないということを、嫌と言うほど感じる。


 今年の成績最下位である「伝統」に決まった翌日。

 俺は早くも未踏領域の入り口に立っていた。


 東の未踏領域、最果ての密林。

 徴用期間の大部分を過ごすキステリの街は、未踏領域のすぐ西側に位置する。


 街の東側に位置する前線基地をいくつか越えると、そこから先は未踏領域。

 地図にない地域が広がっている。


 正確には俺のように伝統で放り込まれた人や、探索で入った人間はいる。


 だが、明確な境目がないため、地図にないエリアはまとめて未踏領域と呼ばれることが多い。


 この先がどうなっているのか、どこまで続いているのかは誰にもわからない。

 

 昨日のシニガミ襲撃の後、俺は軍の護衛部隊に引き渡された。

 そしてそのまま前線基地まで連れて来られたのだ。


 普段は利用しないような輸送用の車両で奥地まで輸送され、そのあと丸一日歩き続けてここにたどり着いたが、あまり記憶が残っていない。


 死が迫っているにも関わらず発狂していないので、思ったよりは冷静のようだ。


 だが、この理不尽に対する怒りは治まっていなかった。


 昨日表彰されていた白金パールレベルの主席はサンストーン家。有名な家系だった。


 そのほかの2人も、鉱石名を家名に与えられる程度には名門だ。


 エーテル燃焼を幼い頃から専属で教わる資金力もあっただろう。受け継いだ才能もあるはずだ。


 俺にだって同じくらいの環境や才能があれば……


 少なくとも灰塵ダストレベルからは抜け出せていたのではないか?

 

 なぜ、人の環境や苦しみを理解できない恵まれた奴らに、俺は追放されようとしているんだ?


 俺だって、頑張って訓練はしたさ。

 でもエーテル燃焼レベルは上がらなかった。

 

 もうどうすればいいかわからない。

 生まれつきの問題だろ? こんなの。


 昨日オーウェン学長が「自分で責任を取らなければならない」と言っていたが、環境と才能の差がほとんどじゃないか。


 そんな気持ちが渦巻いたまま、未踏領域の入り口まで連れてこられてしまった。


「マルコさん。説明しても意味ないでしょ」


 周りの隊員たちは、苦笑しながらマルコと呼ばれた男に突っ込みを入れた。

 

「いや、石が枯渇し始めている今、しっかり業務をこなしてもらう必要がある」


「ぶはっ、わかりましたよ。相変わらず真面目ですね」


 声をかけた隊員は、やれやれと首を振った。

 他の隊員からは、「どうせ死ぬだろ」という言葉が聞こえてくる。


 どうせ死ぬ俺に、説明をするのも馬鹿らしいと思っているのだろう。

 

 確かにその通りだ。

 真面目に説明を聞いたところで、獣に食われて終わりだ。


 そうじゃなければ、シニガミに触れられて死ぬかだ。


 俺は自分の首につけられた灰色のチャージリングに触れた。


 チャージリングには、人類の最重要資源であるイドラ鉱石を埋め込むことができる。


 この鉱石があるから、シニガミの攻撃をある程度の確率で無効化できるのだ。


 イドラ鉱石が無ければ、昨日シニガミに触れられた全員が、苦しみながら死んでいった同期と同じ状態になっただろう。


 だが、すでに見つかっている鉱山は枯渇し始めているので、危険な未踏領域から鉱脈を探すしかない。


 そのせいで俺は今まさに、未知の地域を調査する名目で犠牲にされそうになっているわけだ。


「基地の周囲は切り開いている。所謂、非武装地帯だ。

 視界をうばわれると、シニガミの襲撃に気がつかず命を落とす確率か高まるからな。

 ここでエーテル燃焼体の襲撃も食い止める」


「……襲撃?」


「ここの最前線基地も数日に1度は襲撃を受ける。

 襲ってくるエーテル燃焼体は黒硫黄Ⅴサルファ5程度のレベルが多いな」


 質素だが硬い要塞のような2階建ての建物を振り返りながら、マルコが告げる。


 聞けば聞くほど絶望的だ……


 黒硫黄サルファ5人に匹敵するレベルの危険生物が、この辺りにもウヨウヨしているらしい。


 灰塵ダストの俺は1日も持たないだろう。


「一応、北東へ数日進んだところに湖が確認された記録がある。数年前の記録だ。

 だが、推定レベル白金Ⅴパール5のエーテル燃焼生物に遭遇して部隊は壊滅している。

 位置は正確ではないだろうが、まあ情報としてないよりは良いだろう」

 

 知っている情報を一通り話終わると、支給品が入ったリュックを渡された。


 ずっしりとした重みを感じて、中身を確認する。

 水や食料は入っているが、とても30日は持ちそうもない。水はせいぜい3日分だ。


「今すぐ、非武装地帯を抜けて未踏領域へ入れ。

 鉱脈の情報を調査し、30日後の正午に持ち帰ること」


 マルコと呼ばれた隊員の話が終わると同時に、基地内に戻った隊員達が銃口を俺に向けて怒鳴る。


「早く行け! お前が行かない場合は撃ち殺さなきゃなんねーんだよ!」


 バンッという銃声がして俺の足元付近に着弾した。


 おい、こんなに急に未踏領域に入るのか!?

 今までは実感がなかったが、急に現実味が増してきた。


「ちょっ、ちょっと待っ……!」


 再度銃声が聞こえる。

 直後に、銃弾が左足を掠めた。


 痛っ……!クソッ!

 本気で当てても良いと思ってやがる!


 尻餅をつき、再度視線上げる。


 いくつもの銃口がこちらに向いているのが見えた。


 あわてて転げるように切り開かれた非武装地帯の方向へ走り出した。


 緑の樹々が近づいて来る。

 思ったよりも……暗い。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 まだ入っていないのに、息が上がっている。

 

 追い討ちのように銃声が数発聞こえた。

 

「ゔぁッ!」

 直後に腕に痛みが走る。


 いつの間にか目から涙があふれていた。


 草木が高くなり、樹々が目の前に来たところで、足を緩めた。


 背後を振り返ろうとした瞬間、再度銃声が聞こえ、顔の横を銃弾が通り過ぎる。

 

 振り返ることもできず、頭が真っ白になり……気がつくと左右に樹々が生い茂る場所に足を踏み込んでいた。


 俺はいらない奴を捨てるように追い出され、あっけないほど簡単に未踏領域へ放り込まれた。


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