第4話 運命の出会い

 歩き始めたばかりなのに、もうのどが渇いた……。


 じめじめした湿気と暑さが、急激に体力を奪っていく。

 

 起伏のある地面は、歩くだけでも体力を奪われる。

 足元に、うねるように広がる樹々の根は、俺の胴体よりも太い。

 

 樹々の太さは、いつも寝ていた寮の部屋よりも太く、高さはさらに高くなっている。


 思ったよりも、明るい光が差し込み始めていた。


 樹々の間隔が広いため、ここは日が差し込むようだ。

 

 自分が本当にちっぽけに感じるこの森で、出来るだけ、体を低くして歩き続ける。


 さっきみたいな巨大な獣に見つかったら終わりだ。

 あのスピードから、逃げきれるとは思えなかった。


 今はひたすら隠れることができる場所を探すしかない。

 

 最初はリュックの中に入っていた水をとても重く感じたが、もはや心許ない量しか残っていなかった。


 上を見ると、頂上がはるか遠くに見える木の先端と、青空が広がっている。


 雨はしばらく期待できないな……。

 

 歴代の先輩たちの死因はなんだろう?


 統計として残っていないので知る方法はないが、現在進行形でその一人になりそうな状況では、気になってしまう。


 危険生物に殺されるより先に、干からびて死んでしまいそうだ。


「はぁ……はぁ……」

 

 ゆるい登りが続いて、息がますます切れてきた。

 どのくらい登るのだろう。


 少し迂回しようかと考え始めた時、やっと登りが終わった。

 

「ふう……」

 

 息を整え、水を飲む。

 

 低くしていた体を少し起こすと、木や草に阻まれながらも、かなりの範囲を見渡すことができる。


 見渡すかぎりの広大な密林……

 

 何かないか、ゆっくり見渡してみる。川は……見つからない。

 

 ふと、遠くの樹々の隙間に黄色い光がいくつか見えた。

 ハッとして、すぐに体を低くする。

 

 あれはエーテル燃焼の光だ!

 何か生き物がいる。


 避けて進むしかないが、何がいるのかもう少し知りたい。

 逃げ出したい気持ちを抑えながら、慎重に体を起こしてもう一度状況を確認する。

 

 っ!

 光が複数、こちらに向かって来ていた。

 一瞬で見つかったのか!? 早すぎだろ!


 その中の一体と目が合った。

 四つ脚で走る、身体中が毛に覆われた獣だ。


 茶色の毛に黒と黄色のエネルギーを纏い、急激に距離を詰めてくる。


 クソッッ!

 俺もエーテル燃焼を使って逃げるか?


 いや、灰塵ダストの俺では大した補助にならない。

 それに、灰色のエネルギー光で見つかりやすくなるほうがまずい。

 

 一瞬迷ったが、そのまま反対側の斜面を転がるように降り始める。

 

 獣が迫ってくるスピードは、俺の走る速さより遥かに速い。

 隠れられなければアウトだ!

 

 背後から、身が震えるようなくぐもった声がいくつも聞こえ出し、焦りが生まれる。

 

 ……ッ!


 鳴き声に怯え、地面が岩場のようにゴツゴツした場所に変わっていることに気がつかなかった。


 思わずバランスを崩し、手をつこうとしたが、支えきれずそのまま数メートル下の地面に叩きつけられる。


 ッ……!急がないと!


 痛みをこらえ、なんとか立ちあがろうとしたところで、背後から複数の気配が迫って来ていた。


 やばい、追いつかれる!


 焦りながら顔を上げると、踏み外した岩場の下が空洞となっていて、大きく口をあけていた。

 自然にできた洞窟みたいだ。


 暗くて先がよく見えないが、中はそこそこ広そうだな。


 冷たい空気で思わず体が震える。


 普段だったらこんな暗い場所には入る気にならないが、今はそんな状況ではなかった。


 恐る恐る、地面を確かめながら中へ進む。


 すぐに行き止まりで、切り立った壁が見えてきた。

 

 思ったより深くないのか?

 ふとそう思った瞬間、背後から低い唸り声が鳴り響いた。


 クソッ……

  思わずからだを縮こませ、震えながら振り返る。


 入り口の外、数秒で距離を詰められる程度の場所に、俺を追ってきた獣が佇んでいた。

 

 茶色の長い体毛と、口から見える鋭い歯。


 体毛の合間から見えている光る目が、不気味な恐怖を呼び起こす。


 四つ足の状態でも、俺の身長をはるかに超える巨大な獣が数体、洞窟の入り口に集まって俺を見つめている。


 体からは黒と黄色のエネルギーを放ち、広がるようにして俺の逃げ道を塞いでいる。


 完全に追い詰められた……


 奥に進むことができる道はないか、必死に探す。


 真横の壁の下に、ほんのわずかな隙間を見つけた。

 流石に入ることはできないが、何故か岩場なのに壁は脆そうに見える。


 俺は支給されている短剣を抜き、エーテルの燃焼を開始した。

 灰色のエネルギーが、申し訳程度に俺の体から生み出される。


 頼む!崩れてくれ!


 横に広がりながら迫ってくる獣が一瞬止まった瞬間、俺は祈るような気持ちで短剣を振り下ろし、隙間上部の壁をぶっ叩いた。


 ボロボロと壁が崩れ、しゃがめば人が一人、入り込むことができる程度の隙間が生まれる。


 やった!


 飛び込むようにして、俺はその中へ潜り込む。

 リュックをその場に投げ捨てたのと同時に、獣が一気に迫ってきたのが見えた。

 

 隙間から中に入り込み、這うようにしてとにかく奥に進む。

 だが、余裕で立って歩くことができると気がついた。


 自分のエーテル燃焼の光で、薄らと空間が見えていた。

 まるで建物内の廊下のように奥へ続いている。


 とにかく、今は急いで奥に進むしかない!


 背後から低い唸り声と共に、壁を壊す音が聞こえる。

 

 ちくしょう!入ってきやがった!


 これほどの広さなら、奴らも壁を壊せば余裕で入って来れるはずだ。


 とにかく奥へ走るしかない!

 細い洞窟の中を俺は夢中で走る。


 途中でいくつか左右に道があることに気がついた。


 俺は後ろから追ってくる獣達を撒くために、左右の道へ外れたりしつつ、奥へと走る。


 薄暗い自分のエーテル燃焼の光では、ほとんど先が見えない。

 転ばないように、足元に気をつけながら、必死に前へ進む。


 だが、広い空間に出たところで、もう奥への道が見つからなくなった。


 しまった!行き止まりか!?

 

 洞窟の壁を叩く音や、沢山の低い唸り声が来た道から迫った。


 聞こえてくる大きな破壊音が、俺の心に恐怖と焦りを刻み込む。


 クソッ! このままだと見つかる……


 焦って周囲を見渡すと、人が一人隠れられそうな小さな窪みが見つかった。


 その時、俺を追ってきた獣達の黄色いエネルギーが、ついに目で見える場所までたどり着いた。


 二つの目が光って見えた。

 恐怖に体が縮こまる。


 思わずその窪みに隠れるが、後悔が押し寄せてきた。


 俺はバカか!?

 これではもう逃げ場がない!

 

 何体もの猿のような獣が、黄色いエネルギーを振り撒きながら周囲の壁を破壊していた。


 次々と集まってきて、数は5体以上になりそうだ。

 

 だめだ、もう時間の問題だ……

 と、その時、獣の1体が俺の隠れる方向に目を向けた。


 「はぁっ……!はぁ……!」


 自分の息遣いがとても荒く感じる。


 鼓動が聞こえてしまうのではないかというほど、左胸が大きく高鳴っている。


 こっちに向かってくる獣は、確信を得たかのように次第に加速して走ってきた。

 

 迫ってくる獣と目が合う。他の獣もこちらに向かい始めた。


 俺は自分でも無意識に、エーテル燃焼を開始して、灰色のエネルギーを身に纏っていた。


 この場所から飛び出して逃げることは……もう出来ない。


 壁を背に、向かってくる黒と黄色の光を呆然と眺める。


 迫ってくる獣達がスローモーションに見え、視界全体が淡く光ってみえる。


 ……おかしな話だな。今まで誰にも必要とされなかったのに、こんなに追いかけられるなんて。


 いっそこのまま餌になった方が、まだ何かの役に立つかな?


 俺はそっと目を閉じようとした。


『……お前、何諦めてやがる。殺すぞ』


 どこからか男の声が聞こえた。

 

 焦って目を見開く。

 相変わらず視界全体が淡く光っていた。


「誰だ……? 幻聴か?」


『誓え。シニガミを倒すことを』


「シニガミ……? 何を言っているんだ?」


『選べ。シニガミ倒すと誓うか、ここで死ぬか。

 シニガミを倒すにはお前の力が必要だ』


 シニガミを倒す……?

 いや、それより!!


「お、俺が……必要なのか?」


 言ってることは意味がわからない。

 だけど、こいつは俺を……!!


「あんたが、一体誰だか知らない……

 だけど……だけど!!

 俺の事が必要だって言うなら、シニガミだろうが何だろうが……倒してやるよ!!」


 そう叫んだ瞬間、俺の"右胸"が高鳴り、燃えているのではないかというほど熱く感じた。


 スローモーションが解ける。

 獣達が俺に飛びかかってくる。

 

 だが、俺にたどり着くことはなかった。



--俺を中心として生まれた、燃えるような赤い光は、


--真紅の激流となり、


--全ての獣達を跡形もなく、一瞬で消しとばした。


『……俺の名前はアルバート・ハートリード。

 お前と共に、世界で初めてシニガミを倒す男だ』

 

 目の前に、ゆらめく幻影の様な、紅い髪の男が佇んでいる。


 真紅のエネルギーが渦巻く中での出会いは、俺と世界の運命が動き出す出会いだった。

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