第玖話 『勇者ノ初陣』

 その一報を聞いた霧島はいたって冷静であった。

 落ち着いてオペレーターたちへ通達する。

 その声にはあきらめのような感情。


「現在、大型の魔人が基地へ接近中。我々にはもはやそちらに割く戦力がない。北方の魔人の大群へ式神兵を送ったのち、この基地を放棄する。異論はないな?」


 オペレーターたちはみんな静かにうなずいて肯定した。

 だが、そのお通夜のような雰囲気の中、声をあげるのがただ一人。


「霧島さん!」


 その声を上げたのは、

 

「は、晴宮隊員?」


 一人の少年がまっすぐな目で霧島を見つめる。


「戦力なら、大型の魔人に割く戦力なら、ここにあります……俺があいつを止めます!」


 必死に訴えるよう話す正義に霧島は反対する。


「いや、子供を戦場に送り出すなんてことは私にはできない。気持ちはうれしいが、それは無理な話だ」


「っ……」


 正義は絶対受け入れられない提案だと心の中ではわかっていた。

 だが勇者として何かできることはないかと必死に考え、咄嗟に口から出た言葉であり、自分自身にも受け入れてくれる自信はなかった。

 そして霧島のやさしさもむげにはしたくないためその言葉に納得するように引き下がろうとしたが、今度は近藤が口を開く。


「まあまあ霧島さん。霧島さんもこの基地を手放したくないはず……ここはどうです?彼に行かせてみては?」


 霧島は反論する。

 今度は正義のように優しい口調ではなく、もっと反発するように。


「しかし近藤隊員!晴宮隊員は子供ですよ!?申し訳ないが私は彼があの魔人を止められるとは思わない!」


 近藤は毅然とした態度で霧島に話す。


「霧島さん、僕は正義君が支持しているんです。強さに老若男女は関係ありません」


 正義は近藤に強いと言われたことに少し嬉しくなった。


「それは命令ですか?」


「どうかな?」

 

 霧島も食い下がろうとしたがしぶしぶ受け入れる。


「……わかりました、あなたを信用します。輸送用のヘリがいくつか残っているのでそれを使ってください」


 近藤と正義は指令室を出る。

 正義が出ようとした瞬間、霧島は正義の背中に伝えた。


「晴宮隊員……頼みます!後で絶対に援護しますから!」


 正義は振り向くことはなかったが、今度は彼らの期待を背負うことを自覚し、自信をもって返事をした。


「はい!」


 正義と近藤が部屋を去った後、霧島はオペレーターたちに気持ちを切り替えるよう伝える。


「諸君!大型の魔人は晴宮隊員と『十偉将』、近藤隊員が対応してくれる。我々は魔人1000体のみに集中するように!」


 ――――――――――――――――――――

 

 三十七駐屯基地北北東4㎞地点上空。

 ヘリの扉を開け、正義は小銃を片手に持ちながら今まさに落ちようとしていた。

 近藤曰く、軍のコートを着ていると落下の衝撃をほぼゼロにしてくれるらしい。

 ヘリの操縦士の隣に座っている近藤が正義に戦うときの注意点を話す。


「自分が敵わないと思ったら逃げること、相手が魔法を使ってきたらその時点で逃げること、何か気づいたこと、やってほしいことがあったらすぐに連絡を入れること」


「わかりました」


 いざ飛び降りようとしても正義はやはり緊張してしまう。

 自分がこれから行くところは今までとは違う、命がかかった場所なのだと思うと恐怖で足がすくむ。

 近藤は彼に対して優しく助言をした。


「正義君、君なら大丈夫だ。そして君は一人じゃない。僕が、僕たちがいることを忘れないでくれ」


 ありきたりな言葉だったが、正義は少し勇気が湧いてきた。

 深呼吸をして緊張を押さえ、はるか下の地面を見る。

 かつて家族で行った、国で一番高い電波塔にある透明な床に初めて立ち、恐怖で泣いた時を思い出す。

 今、正義はそれよりも高い場所から飛び降りようとするのだ。

 最後に近藤と操縦士の方を向く。


 「ここまで連れてきてくださりありがとうございます!」


 操縦士は前を向いたまま幸運を祈るとばかりに左手で親指を立ててくれる。

 近藤も頑張れと呟く。

 正義は覚悟を決めた。


「晴宮正義!出撃します!」


 そう叫んで正義はヘリから勢いよく跳ぶ。


 ――――――――――――――――――


 およそ15秒後、正義は地上に降り立つ。

 近藤の言葉通り、着地しても特に足とかに痛みはなかった。

 大地を踏みしめ、空気を肺と皮膚で感じる。

 皮膚がヒリヒリと燻ぶり、空気は口に入れるとおぞましいなにかを体内に入れるように感じた。

 正義はこの時初めて魔界に、戦場に立ったのだ。

 周囲を確認し、例の魔人を発見する。

 奴は依然として基地がある方向へ走っていた。


 正義は一呼吸おいて奴に向かって走り出す。

 魔人との距離500m、400m、300m...

 奴の背中が見えてくる。

 勇者の権利である「意志の増大」

 勇者である正義の意志を増幅させ、実現させる。

 これを走りに応用したことにより、正義は今オリンピック選手と張り合えるくらいの速度で魔人に向かって走っていた。

 魔人との距離100m。

 ちょうどサッカーコートの両端の距離まで近づくと、正義は走る速度を落とし、レバーでライフルを連射式に切り替えて銃を構えて魔人の背中に銃口を向け、叫ぶ。


〈命中!〉


 正義の意志が込められた無数の弾丸が放たれ、魔人に当たったが、魔人はそれに反応することなくそのまま歩き続ける。

 

(くそ、距離もあるし威力も足りない。もう少し近づくか)


 そう思い再び走り出す。

 残り50m。

『当てる』意志を込めなくても命中できると確信する距離まで近づいた後、銃のレバーを動かして3連式に切り替え、弾に意志を込める。


〈爆発!〉


 魔人の背中に命中し、爆発が起きる。

 引き金を3回。

 計9回の爆発。

 魔人の背に傷はなし。

 だが魔人はその銃撃で攻撃されたと認識し、移動をやめる。

 正義も一旦止まり、相手の出方を待つ。

 魔人はゆっくりと振り向き、正義を見つけると、すさまじい殺意を含んだにらみを利かせた。

 正義はここで初めて魔人を正面から見る。

 中世の鎧のような武装を胴に装着し、腕と足は灰色の肌が露出。

 ぎりぎり人間と判断できるような顔と見開きった目。

 そしてずんずんと正義に近づく。

 人間にとっては早歩きレベルの動き。

 だが15m級の巨大な魔人ともなればその速度でも正義のところまで10秒もかからない。

 正義はそのプレッシャーと命の危機に冷静さを失う。


「う、うああああ!!」

 

 焦って魔人に対し、まるで拒絶するかのように銃を乱射。

 『意志』が込められていない弾はもちろん魔人を傷つけない。

 魔人は目の前のうっとうしい小人を潰そうと右腕を大きく振りかぶる。


『正義君!避けるんだ!』


 近藤からの咄嗟の連絡に正義は正気を取り戻し、振り下ろされた腕をぎりぎりで右に飛ぶ。

 殴られた地面には小さなクレーターができていた。

 魔人はそのまま右腕を振って正義をつかみかかろうとし、正義は後ろに跳んで避ける。

 避けた後、銃を構えて魔人の頭に狙いを定めようとするも、振った後の右腕が顔を隠したことでうまくねらえない。

 

 いったん体勢を立て直すために魔人から離れても、魔人も正義を殺そうと接近し距離が開かない。

 

(このまま走ってもそのうち負ける……やっぱり俺には無理だったのか……)


 諦めようと近藤に連絡を入れようとした瞬間、逆に近藤から助言が入る。


『正義君、訓練のことを思い出せ、君はその魔人を倒せるはずだ』


 近藤の助言から、訓練中で自分が同じような状況に陥ったのを思い出す。

 それと同時に、近藤がかけてくれた言葉も頭に浮かんだ。

 

 後ろから迫りくる魔人の拳を間一髪で避けて魔人と向かい合う。

 正義は撃たず、魔人の様子をうかがう。

 魔人は両手で正義につかみかかるが、正義は冷静にタイミングを見計らって避け、そのまま魔人の股下をくぐって後ろに陣取る。

 正義は威力をあげるため3発式に切り替えて銃を構え

 

 〈爆発〉

 

 魔人の右足で起こる3つの爆発。

 足を狙われたことで魔人は少しバランスを崩す。

 正義は魔人の背中ではなく、膝を撃った。

 怒った魔人が振り向き、左足で正義を潰そうとするも正義は冷静に避け、後ろに回って再び右足を狙う。

 

(なるほど……確かにこれならいける)

 

 ――――――――――――

 

 戦闘訓練2日目、正義は都市を模した結界内で特撮に出てくるような大怪獣を相手に戦っていた。

 ビルを破壊し、車を踏みつぶす怪獣に小銃だけでかなうはずもなく、すでに何十回も踏みつぶさ……れる瞬間に式神は停止するため死ぬことはなかった。

 戦闘が終わり、正義は珍しく近藤に弱気を見せる。


「これ無理ですよ……どうやって倒すんですか?」


 疲れて床に座る正義に近藤が聞く。


「正義君は怪獣のどこを狙ってる?」


「え……っと特には。逃げるから夢中で狙えない……当たったとしても碌に意志も込められないから硬くて銃弾は通りません」


 「じゃあヒント。将を射んとする者はまず?」


「……馬を射よ?」


「そう!まあ本来の意味というよりはそのまんまの文がヒント」


 「でもあの怪獣は馬なんて乗ってないですよ?」


「馬っていうのは足のこと。直接弱点を狙うのが難しいのなら敵の動きを封じたりすればいいのさ。特に膝の裏は二足歩行にとっての弱点だよ」


 倒せる光明が見えたことで正義は少し元気が出る。

 

「その状態なら弱点を狙えますね」


「それだけじゃない。敵の『馬を倒し』、精神的に余裕ができれば正義君自身の集中力が上がるはずだ。不安を感じる時よりも安心しているときの方が弾に意志を込めやすいだろう?」


「なるほど、なんか行ける気がします!」


 正義は元気を出し、再び怪獣に挑む意志を近藤に伝える。

 近藤もその意思に応えて結界をいじり、再び正義の前に怪獣が出現すると、正義はその怪獣に向かって走る。


 ……その後正義は怪獣の後ろに行くのに夢中になって落ちてくる瓦礫に潰されるという負け方(瓦礫は正義に触れる瞬間停止)をして結局勝つことはできなかった。


 ――――――――――――――――――――――


『将を射んとする者はまず馬を射よ。巨者を倒さんとする者はまず足を撃ていよ


 正義はその言葉を思い出し実行。

 2回足を撃たれた魔人はさすがに学んだのか動きを変えた。

 姿勢を低くし、正義に向かって叫んで腕を地面にたたきつけながら突進。

 正義は背中に回ろうとしても魔人は突進を続け、正義は足を狙えない。

 だが正義は冷静に魔人の攻撃を耐える。

 

〈爆発〉


 数発が魔人の顔で爆発し、爆発したときの煙が魔人の顔を覆う。

 魔人はそのまま前に進むが、正義はすぐに右に避け魔人の突進の軌道から外れる。

 目の前が晴れた魔人は正義がいなくなったことに気付き立ち止まるが、それを正義は見逃さず、3連式に切り替え右足に銃弾を当てた。


「グオオ……」

 

 足のダメージで魔人は立てなくなり、うめき声をあげながら膝をつき、両手を地に這わせる。

 

 (このまま押し通す!)


 そう思い魔人に近づこうとした瞬間、謎の悪寒が走り、立ち止まる。

 魔人がわなわなと震え始め、


「ウアアアオオオオオオオオ!!!」


 空に慟哭した。

 正義はその巨大な咆哮に驚き、耳をふさいで一瞬目を閉じる。

 すぐに魔人を狙おうとするも魔人は目の前から消えた。

 周囲を見渡すもどのにも魔人はいない。

 近藤から通信がかかる。


『正義君!上だ!』


 頭上を見ると、魔人が正義に向かって落下していた。

 正義はすぐにその場から離れるも、魔人が着地したときの衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 魔人は獣のように4つ足で正義ではない方向に体の向きを変え、地を駆け始める。

 何とか起き上がる正義に近藤から1つの連絡。


『正義君!奴を追うんだ!やつは……


 駐屯基地に向かって走り始めた!』

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