第捌話 『記録ノミノ 闘争』

張り詰めた空気のもと、オペレーター同士の報告と指示が飛び交っていた。


 「羽田、三十六駐屯基地と三十八駐屯基地、第二防衛線十七駐屯基地と本部に敵襲の連絡」


 「了解」


「松村、敵の現時点での情報を共有」


「はい、魔将らしき敵兵……なし。魔法使いらしき敵兵……なし。数104。敵は基地北部15キロ地点に点在。こちらへ近づいてきます」


「防衛ラインを超えようとしているのではなく、この基地に向かっているのか?」


「はい。敵全体の動きから恐らく」


「わかった」


 霧島は机にある電話のボタンのうちの1つを押して受話器を持ち上げる。


「使札兵へ命令!現在塹壕に潜ませている式神兵100を北上させるよう指示し、突撃用の式神100、狙撃用の式神50を投入!」


 霧島は、今度は別のボタンを押す。


「壁上の砲兵に命令、敵が射程に入ってもまだ撃つな!今は待機せよ!」


 その後もオペレーターたちが命令と報告をしあっていた。

 目まぐるしく通話越しに命令する霧島にオペレーターの一人が報告する。


「局長!敵が加速しました!基地との距離13キロ!」


 報告を聞くと霧島は再び受話器を手に取る。


「使札兵!現在の位置を報告せよ」


「……基地から8㎞地点、了解。式神を基地から10キロ地点の塹壕付近に落としてくれ!そこで奴らを迎え撃つ!」


 オペレーターたちの通話が続く中で近藤が緊張する正義に話しかける。


「正義君、ここで軍についての授業。まずは皇國軍特有の役職、『使札兵』について教えよう」


 正義は一応オペレーターたちの邪魔にならないよう、かつ近藤に聞こえる声量で話す。


「はい、自分も聞いたことがなかったので……」


「使札兵は職業『軍人』と職業『式神使い』両方に『兼業』した人のことを言う。式神を主力とするこの軍でなくてはならない役職さ」


「でも式神って誰でも使えるんでしたっけ?近藤さんが使ってたみたいに」


 「一体二体程度ならね。でも実践では100体以上の式神を一度に運用しなければならない。その『権利』を持っているのは『式神使い』くらいなのさ。主力を使うこともあり、基地に最低一人は『使札兵』が配置されている」


 「なるほど」


「次に最初の報告について解説しよう」


「最初……というとマショウとかマホウツカイとかがどうこうですか?」


 「そう。魔界での戦闘にて、それらがいるかいないかで危険度が変わる。場合によっては戦闘を避けることも考えるくらいにはね」


「そんなにですか!?」


 近藤は人差し指をぴんと立てて話す。


「まずは魔将。定義としては魔人よりも強い戦闘力を持ち、魔人を『統率』できる存在だ」


「式神では対処できないから警戒するってことですか?」


「いや、大事なのは『統率』の方。今みたいに雑兵が無鉄砲に突っ込んでくるのならいいが、もし奴らが魔将に従い、何かしらの戦術のもと行動している可能性があるなら、警戒度がぐっと上がる」


「ただの突撃も、もしかしたら罠かもしれないし、裏があるのかもと考える必要がある。確かにそうすると司令官としては大変ですね」


「そう。つまり『指揮官にとっての敵』ってこと。二つ目に魔法使い。これは単純。もしいたら僕たちの遠距離攻撃や機械を使った攻撃が封じられるから」


「それは……撃たれた弾とかを魔法で防いだり……撃ち落とされるから!」


「それならまだマシ。魔法使いによっては飛んできた砲弾を操って逆に撃ち返したり、やってきた戦闘機を操って軍の基地に突っ込ませたりする。実際何度これをやられたか……」


 近藤は苦々しい顔を浮かべた。


「だから魔法使いに警戒している……」


「軍の主力を近距離と中距離をメインにしているのもそれが理由さ」


 魔界についての新たな情報を聞いて納得していると、空中に複数の半透明のディスプレイが次々と現れる。

 そこにはおそらく上空から撮影された映像、塹壕からの映像、地上から撮影された映像。

 どこまでも続く曇天、荒れた大地に塹壕、所々に木や土袋の簡易的な壁が築かれ、そこに隠れる軍服を着た兵隊。

 映像の1つに凸凹とした地平線が見える。

 そこから続々と現れてくる人影。

 人型だが、人ではないことは一目瞭然。

 魔人だ。

 それを迎え撃たんと映像に移る兵士が動き出し、司令室内でも緊張が一層高まる。

 今まさに『戦争』が始まろうとしていた。


 ――――――――――――――――


 第一防衛線三十七駐屯基地より北10キロ地点。

 敵の魔人たちが塹壕に潜んでいた兵士を見つけ、その命を刈り取らんと戦場を駆ける。

 そのはるか上空、ヘリコプターが戦場を監視するように浮かんでいた。

 ヘリに乗っている一人の兵士、使札兵が扉を開き、風で吹き飛ばされないよう気を付けつつ戦場を俯瞰する。

 そして懐から黒い墨で文字が書かれた札束を取り出した。

 兵士は札束をまとめていたシールをはがし、空中にばらまいたのち、人差し指と中指を立てて手で印を結び、飛ばされた札に命令する。


「猛き、勇ましき霊兵たちよ、その魂を燃やし、かの朝敵を祓い給え」


 瞬間、放たれた百数十の札が燃え盛り、空から炎が落ちていく。

 そしてその炎の中から軍服を着て、小銃を抱えた人型の式神が出現。

 魔人の中には空中に複数の火の玉が現れたことに気付き、見上げるものもいるがほとんどは構わんと言わんばかりに走り続ける。

 ヘリの使札兵は拡声器を取り出し、戦場に響くように叫んだ。


「全式神兵!攻撃開始ぃ!」


 命令とともに、落下している式神兵は地上に銃口を向け、塹壕に潜んでいた式神兵も敵に対し一斉に銃を構えて引き金を引く。

 

 そして戦場は銃声で包まれた。

 文字通り弾丸の雨にさらされた魔人たちは先ほどまでの勢いが嘘のようになくなってしまう。

 一斉掃射の瞬間に胸や頭を撃たれ絶命するもの。

 足を撃たれ地に這いつくばるもの。

 撃たれた痛みで走れないもの。

 式神兵による無機質で無慈悲な銃弾幕がさらに彼らを襲う。

 

 だが弾幕を抜け、式神兵に襲い掛かろうとする魔人もいる。

 銃弾程度では傷つかない頑丈な魔人たちが弾幕をもろともせず塹壕にいる式神兵のもとにたどり着く。

 ある魔人は兵をなぶり、ある魔人は兵を振り回してもてあそび、あるものは兵を淡々と壊す。

 式神兵はより近づいてきた魔人を攻撃するよう『プログラム』されているため奴らを攻撃するも奴らには銃弾が効かない。

 使札兵が放った式神兵も地上に落ち始め、空中からの銃撃がなくなったことで後方にいた魔人たちも前進し始める。

 地上にいる式神兵たちではどうすることもできずに時間が過ぎていく。

 魔人たちの勢いが戻り始めた。


 ……いや、戻り始めただけで、決して勢いが戻ることはなかった。

 

 ドゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオンンンンン!!!!


 兵の銃声、魔人たちの叫び声。

 戦場で奏でられる音にもう1つの音が加わった、いや、轟音がすべてをかき消した。

 

 駐屯基地に設置してあった固定砲台による砲弾の着弾音。

 敵方に魔法使いはいないと確信した霧島によって軍側は砲撃を始めたのである。

 銃弾が効かない故、一部の魔人たちは眼前の兵士を一方的に攻撃していた。

 だが突如放たれた複数の砲弾は確実に魔人たちに命中し、葬っていく。

 先ほどまで蹂躙を楽しんでいた魔人の感情も一瞬で快楽から焦りへと変わった。

 だがどうすればよいか考える前に粉々となって消え去る。

 逃げようと背を向けた瞬間に砲弾の直撃を受け跡形もなく吹き飛ばされる。

 一体一体確実に砲撃の餌食となっていく。


 一番後ろにいた一人の魔人は仲間たちが次々と死んでいく様子を見て後悔した。

 「ココニクルベキデハナカッタ」と。

 彼は、いや彼の仲間はの末端の兵士として、敵地の偵察に来ていた。

 だが一部の魔人が、基地を1つでも落とせれば魔王様から恩賞をもらえる、と息巻いたことで今回の惨劇は起こった。

 目の前にいた仲間が打たれる。

 次は自分の番だ。

 ただ一人彼は叫んだ。

 あのお方に届くわけもない、轟音でかき消されると分かっていても叫ばずにはいられなかった。


「魔王様ニ栄光アレーー!」



 ――――――――――――――――――――


 戦闘が終わった。

 ただただ一方的な攻撃だった。

 正義は一瞬敵に情けを感じてしまうが、その意思を読み取ったのか、近藤が諭すような声色で正義に話す。


 「彼らは敵だ。ではない。これから戦っていくのなら敵という概念の中に人を入れるな」


 正義はその意味をなんとなく理解し、俯く。

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 

 オペレーターたちも戦闘が終わったことで緊張が解かれ、空気が軽くなった。

 隣同士で話すもの、背伸びをするもの。

 霧島も緊張を解くために息をはいた。


 だが天井に合ったスピーカーからの一報が事態を急変させる。


「監視塔から報告!基地北北東5km地点に、15メートル級の大型の魔人が突如出現しました!」


 霧島はすぐに気持ちを切り替え、詳細を聞く。


 「こちらに向かってきているのか?」


 「いえ……移動することなく立っているだけです」


 霧島は何か裏があることを感じつつも、いつ動き出すかわからない魔人に素早く対処するためオペレーターへ指示する。


「現在固定砲台が使えない。三十六駐屯基地と三十八駐屯基地に連絡して援軍を……」


 冷静に支持を伝えようとした瞬間、戦闘中に冷静に敵の配置や数を伝え、現在も依然としてディスプレイを見続けていたオペレーターが初めて取り乱す。


「局長!大変です!基地北8㎞地点!さきほど敵を倒した地点付近に謎の霧が発生!その中から魔人が複数体現れました!」


 面倒ごとが増えたことに霧島は顔をゆがませる。


 「……数は?」


「それが……1000体以上……」


 数を聞いて霧島は目を見開き、動揺して席を立つ。


 「せ、1000……だと!?」


「はい、明らかにこの基地へ近づいてきます!」


 霧島は椅子に落ちるように座り、前かがみになって頭を抱えた。

 絶望はしたものの、そんなことをしても意味はないと自分に言い聞かせてどう対処するか考える。


(今この基地にある全式神兵を投入するのは絶対……隣の基地と本部の援軍が来るまで耐えなければならないから式神兵は時間を稼ぐ動きをしてもらわねば。問題は大型の魔人。一か八か賭けてみるか!)


 弱気では部下を心配させてしまうためなんとか強気の姿勢を見せて基地の隊員に指示する。


「全隊員に伝達!現在1000体以上の魔人が接近中!基地の全戦力を奴らにぶつける!援軍が来るまで持ちこたえさせろ!」


 オペレーターの一人が不安の表情を浮かべながら霧島に質問する。


「あの、大型の魔人はどうしますか?」


「今は無視だ!動かないことに賭ける!」


 基地全体があわただしく動きだす。

 1000という基地にとっては脅威となる数を前に隊員が全力で各々ができることをやっていた。

 

 そして数分後、隣の基地からの救援、そして本部から支援を行うと連絡が入り、霧島の中に1つの光明が見え始めた時、一報が来た。

 監視塔からの連絡。



 「緊急連絡!緊急連絡!ま、大型の魔人が!こちらに向かって、動き出しましたあ!」


 霧島にとって、三十七駐屯基地にとって最悪の報告であった。

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