第拾話 『決戦ノ果テ 決着セリ 英雄ノ名』

 正義は魔人を追っていた。

 自分が中途半端にダメージを与えてしまったことで魔人が基地に向かってしまったという自責の念に駆られながら。


(くそ……あの時無理にでも奴をしとめるべきだったか……いや、今は気持ちを切り替えろ!)

 

 正義は『走る』ことに意識を集中させ、魔人に追いつく。

 魔人は両手と両足の4本で獣のように地を駆けていた。

 だが右足は正義の銃撃のせいなのか動きはぎこちない。

 魔人の右後ろに陣取る正義は速度を落としてもう一度右足を狙う。


〈命中!〉


 動いていることもあり、命中優先で引き金を引く。

 数発が膝裏に当たると、傷が治ってはないのか魔人はバランスを崩して倒れそうになるも、うめき声をあげるが魔人は再び四つ足で進み始めた。

 その姿にある種の狂気を感じた正義は少し恐怖を覚えた。


 再び両者が走りはじめるも、正義はチャンスを見出せずにいた。


(ほかの手足も狙う?無理だ、あの速度で動かされればうまく狙えない。それにさっきは傷を撃ったからダメージが入ったんだ、肌の色が変わっている……強度でも増したのか?ならばいっそのこと)


 正義は覚悟を決める。

 魔人の正面に立つため速度を上げた。

 覚悟を決めた正義に不安などなく、その研ぎ澄まされた意志は正義を、かの世界最速の陸上選手より速く走らせる。

 

 魔人の横まで走り、頭を直接狙える位置につくと正義はカウンター覚悟で魔人の頭に銃口を向けて引き金を引こうとした。

 

〈かん……〉


 すると突然、魔人の背中で複数の爆発。

 正義は驚きつつも攻撃を中止し、一旦魔人から離れる。


 上を見ると近藤たちが乗っているのとは違うヘリが飛んでおり、そしてそこから複数の兵士が落下しながら魔人に向かって爆弾を投げていた。

 そして正義のもとに通信が入る。

 近藤の声ではない、女性の声。


『晴宮隊員!こちら三十七駐屯基地オペレーターの成田です。現在、援軍が到着し、状況が安定しましたので、微力ながらお力添えいたします!何でも言ってください!』


 急な助太刀に戸惑いつつも正義自身緊張が解け、一呼吸置いて落ち着いてから成田と通信する。

 

「あの式神兵って?」


『基地にいた労働用の式神兵です。彼らに、基地にあった手榴弾を持たせて魔人を攻撃させているのです』


 地上に降り立った式神兵も魔人に向かって爆弾を投げる。

 そんな魔人はうっとおしいのか腕で式神兵を薙ぐ。

 近くの式神兵を蹴散らし、遠くにいる式神兵に対しては先ほどの飛び上がり攻撃で踏みつぶした。

 

 2回目の飛び上がり攻撃の着地直後、おそらく爆弾をたくさん持っていた式神兵だったのか踏みつぶした直後そこに爆発が起こる。

 その爆発のダメージなのか、魔人は数秒動かない。

 が、すぐに魔人は体を起こし、基地に向かって走りはじめた。

 

 しかしその光景を見た正義はすぐに魔人を追うことなく、ある作戦を思いつく。

 あの魔人を策を。

 

 正義の任務はあの魔人を食い止めることであった。

 だがこの作戦を思いついた以上、こう思ったのだ。

『いけるところまでいってみたい』と。

 そして魔人に向かって走りながら成田に通信する。


「成田さん!お願いが2つあります!」


『なんでしょう?』


「あの魔人が敵とどれだけ離れたらあの飛び上がり攻撃をするのか調べてほしいです!」


『なるほど……式神兵を使って調べましょう。もう1つは?』


「この辺に火薬庫とかってありますか?」


『……戦場に火薬庫は置いてないですね……しかし火薬が欲しいのなら届けますよ』


「!、ありがとうございます」


『運べるだけ運びましょう、場所は私が指示します』


 魔人は基地へ進むのではなく、いまだに投入された式神兵への攻撃を続けている。

 式神兵も攻撃を続けるが魔人には大したダメージを与えられない。

 正義は戦闘を無視して成田から指示された地点へ走る。

 走る途中に戦闘を魔人を横目で見るとその魔人と目が合った気がした。


(絶対に倒してみせる!)


 正義は改めて決意し、速度を上げた。


 ――――――――――――――――――――――


 成田の指示に合った地点までたどり着いた正義は彼女に自分の作戦を相談する。

 

『……なるほど、それが晴宮隊員の作戦ですか……しかし危険ではないですか?』


「かもしれません、でもやらせてください」


『わかりました。ちょうど近くに塹壕もあることですし、協力しましょう』


 成田は正義に式神兵でわかったことを伝える。


『あの魔人の飛び上がり攻撃ですが、敵との距離が50m~60mほどになった時におこなう場合が多いです。しかしそれより遠いと飛び上がることなく近づくため、晴宮隊員と魔人の距離が適切な時に魔人が晴宮隊員を襲おうとしないとあの攻撃はしてこないでしょう』


「大丈夫です。奴の注意を引く手はあります」


『わかりました。タイミングは私が教えます』


「お願いします」


 足元には成田が運んでくれた手榴弾や爆弾が散らばっている。

 通信を切り、深呼吸。

 気持ちを落ち着かせるだけでなく、精神を整え、これから撃つ、の威力を少しでも上げるために。

 奴の注意をひかないとおそらくこの作戦は失敗するだろうと考え、失敗したときの恐怖も少し感じるが、近藤や成田、自分以外もいるという安心感は正義にとって救いとなった。


 (この火薬の山の上に奴を落とす。そしてその隙に……)


 待っていると地平線に見える土煙の中から魔人が姿を現す。

 いくつかの爆発が魔人を襲うが魔人はそれを気にすることなく走り、でも腕を振って目の前の式神兵を散らしながら進んでいた。

 次々とやられる式神兵。

 だが成田は式神兵でうまく誘導し、確実に魔人を正義のもとに近づけさせていた。

 魔人は正義のいる方向にどんどんと向かっていく。

 正義は銃を単発式に切り替え、銃口を魔人に向けて成田からの合図を待つ。

 

 50m


『今です!』

 正義は研ぎ澄まされた精神で弾丸に意志を込める。


〈貫通!〉


 ドォン!

 アサルトライフルとは思えない轟音。


 魔人の肩に命中。

 貫通はしなかったものの大量の出血。

 魔人は標的を正義に切り替え、上半身を地面に届くぎりぎりまで下げ、飛び上がろうとする。


(奴が飛んだ瞬間右にある塹壕へ走る……奴が飛んだ瞬間右にある塹壕へ走る……)


 正義は奴の動きに集中し、これからの行動を頭で復唱。

 

 二人がほぼ同時に動いた。


 正義は全力で走り、塹壕の縁をつかんで流れるように中へ滑り込む。

 壁面を背にし、魔人の着地を待つ。


 ゴォン!


 魔人の着地音と思われる音が鳴り響く。

 だが正義は違和感を抱いた。


(爆発音が聞こえない?)


 すぐに塹壕から顔を出して魔人を確認すると、魔人は火薬の山に着地していなかった。

 驚きと後悔の念が正義の心を満たす。


(動くのが早すぎたんだ……)


 魔人が飛び上がる瞬間正義は緊張から一瞬だけ早く動いてしまい、魔人はそれを察知して少しだけだが飛ぶ方向を変えたのだ。


 正義をにらむ魔人とその後ろにある爆発しなかった火薬。

 正義はその状況を一瞬で脳に叩き込み、判断。

 

 魔人が動き出す前に正義は塹壕から飛び出し、魔人と距離を取った後すぐに銃口を前に向け、連射式に切り替える。


〈命中!〉


 正義は命中の意志を魔人ではなく、火薬の方に向けて引き金を引く。


 ドドドドドドドドドゴーン!

 

 弾丸の当たった爆弾が連鎖的に爆発。

 その爆風は魔人を飲み込み、正義をも吹き飛ばした。

 

 爆風で飛ばされつつも足で着地し、いつでも撃てるよう銃を構える。

 

 『晴宮隊員!右です!』

 

 成田の通信と同時に土煙の中から魔人が正義につかみかかったが、報告のおかげで正義は急襲を察知し、間一髪で前にローリングして回避。

 

(威力が足らなかったか!)

 

 正義をつかめなかった魔人の背中を見ると先ほどの爆撃と思われる傷。

 だがみるみると皮膚が再生していき、足の負傷も治ってきたのか両足で立とうとしている。


 それを防ぐために引き金を引こうとしたその時。


 カチャ。


 弾が出ない。


(弾詰まり!?このタイミングで?)


 焦る正義。

 魔人は正義に向かって歩きはじめる。


(今逃げても追いつかれる、それに玉詰まりで攻撃もできない……ここまでか)

 

 諦めて近藤に通信を入れようとした瞬間、


 ドドドド!


 左側から来た複数の砲撃により、魔人はたじろぐ。

 何が起こったかわからないでいると通信が来る。

 近藤とも成田とも違う声。


『ガキンチョ!ありがとな!一人で戦ってくれたんだろ!?』


『三十七駐屯基地砲兵一同!これよりガ……晴宮隊員の援護に入る!』


 砲撃をしたのは基地で正義にいろいろと話してくれた砲兵たちだった。

 1000体の魔人の軍団をせん滅させ、砲台も治ったことで正義の援護を始めたのである。

 砲撃は続くが魔人の頑丈な体に傷を負わせることはできない。

 それでも砲撃は続く、続けてくれる。


 砲兵が助けてくれたことに正義は感無量で感謝を述べようとしたが今はその時ではないと理性が判断し、それに従って今できることを精いっぱい考える。

 砲撃の間、塹壕に隠れ、弾詰まりを解消した正義は塹壕の淵に足をかけ、再び作戦を練る。


であの魔人を倒すには至近距離で確実に急所を撃ち抜かなければならない、そのためにはあの人たちの協力が必要だ)


 正義は砲兵の一人、基地で正義と会話した砲兵の隊員に連絡を取る。


 「堀田さん!あの魔人を倒してくれませんか?」


『倒す?そいつは無理かもしれねえな!俺たちの砲撃が効いてねえようだし!』


「倒すと言っても……転倒させる方です!なるべく仰向けに!」


『!?よっしゃ!任せろ!』


 直後砲撃が魔人の下半身に集中。

 魔人はその攻撃を嫌がり、砲弾が向かってくる方向に吠える。

 正義はすぐに魔人へ近づける位置に待機し、深呼吸をしてチャンスを待った。

 十数秒後、足に限界が来たのか、砲弾が的確な場所に入ったのか、魔人がバランスを崩す。


 待機の時にしていた正義からの願いにより、倒れそうになったことで砲兵は砲撃を止め、正義は魔人に向かって走り出す。

 だが直後、正義にとって良くない事態が起きてしまう。

 魔人は前に体勢を崩し、そのまま膝をつきそうになったのである。

 

 (膝をついてしまうと急所を直接狙えない!)


 一応走りつつも、魔人への攻撃を決めあぐねていると、


 ドオホン!

 

 一発の砲撃が的確に魔人の頭に命中し、魔人はその勢いで後ろに倒れた。

 誰が撃ったのか左を見る前に通信が入る。


『お待たせしました!晴宮隊員!』

 

 (その声は!?)


「霧島局長!」


 その声は指令室で聞いたあの霧島の声であった。


『元砲兵、霧島英二きりしまえいじ!一発だけですが援護させていただきましたぁ!』


 その言葉で正義の心の中の不安は一切消え、迷いのない走りで魔人へ近づきながら呟く。

 『意志』を極限まで研ぎ澄ます言葉を。


「神話の洪水 1000年来の豪雨ごうう 億万おくまんを殺すえき

 そこには赫怒かくど、憎悪、敵意なし。

 我が殺意は一切合切純粋なりて、その清きはまさしく雨乞う祈りの如きなり。

 其をもっていざ放つは攫命かくめい鉛玉なまりだま……」


 訓練の成果により、正義はこの言葉を放つことによりいかなる状態にあっても集中力を限界まで高めることができるようになっている。

 魔人の足から膝に跳び、魔人の眉間に着地。

 目の前に着た正義を魔人はつかみかかろうとするが正義は銃口を思いきり魔人の額に押し付け、引き金を引く。

 渾身の、全身全霊の、極大の意志を込めて。



 〈必殺!!〉



 轟音とともに魔人の頭に大きな風穴があく。



 ……数秒後に成田からの通信。


「対象の沈黙を確認、晴宮隊員の勝利です!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る