第肆話 『新タナル 決意』

 正義は夢を見ていた。

 10年前の夢。

 東京テロの記憶ではなく、その後の、母の葬式の記憶。

 たくさんの人が母の死を悼む中、正義はただ座っていた。

 泣くことも、怒ることもなく。

 誰かが彼に話しかけたかもしれないが何も覚えていない。

 だがとあるシーンだけは覚えていた。

 座っている正義の前に立ち、正義を見下す男、正義もまたその男、父から向けられるうつろなまなざし。

 父は息子に対して無表情に一言。



 「なぜおまえなのだ」


 

 どうやら父は母に生きていてほしかったらしい。

 当時の正義はそう受け止めた。

 その言葉に怒りや憎しみの感情はなく、ただ正義に質問するかのような抑揚のない口調。

 父の言葉を聞いて正義は下を向いて涙を流した。

 どうしようもない怒りと虚無感で心が張り裂けそうになり、膨れ上がった感情が声となって口からあふれ出そうになる。

 思い切り叫ぼうとしたところで……正義は目を覚ました。

 

「……いやな夢を見たな」


 愛する母の死。

 そこに追い打ちとなる実父からの存在否定。

 この時以来、正義は自身の存在価値が分からなくなった。

 なぜ自分が生きているんだろう。

 目的も、目標もない。

 生きているというよりも、ただ『動いているだけ』

 これまでの人生ずっとそんな気が正義に付きまとっていたのだ。

 かつての記憶を思い出し、寝起きにもかかわらず気持ちが落ち込む。


 改めて正義は周囲を見渡す。

 どうやらベットで眠っていたらしい。

 部屋を確認するとそこは病室であった。

 ここがどこなのか、自分がどうなったのか、なにもわからない。

 ただベットが8個も入りそうな大きな病室なのにあるのは正義がいるベット1つだけ。


(まるで隔離だな)


 そんなことを思っていると病室の扉があいた。


「目が覚めたようだね。晴宮正義君」


 入ってきたのは背の高い大人の男。

  カリスマ性を感じさせるルックス。

 彼はコートを着ているがその下には軍服を着ていた。

 彼はベットの横にあった小さな椅子へ座る。


「初めまして。目を覚ましてよかった。君は3日間寝続けていたんだぜ」


「3日間も……ところであなたは?」


 怪しいものだと正義は身構えると、それを察知してか青年は少し驚いたような表情で手を動かしながら話す。


「いやいや、そう警戒しないでほしい。僕の名は近藤廻斗こんどうかいと。そうだなあ……まあ病院関係者……かな?」


「はぁ……」


 最初のクールな感じとは打って変わって表情豊かな近藤に正義はあっけにとられた。

 そんな中正義のとある不安を見透かすように近藤が正義に問いかける。


「ふむ、何やら僕たちに聞きたいことがあるようだね。いいよ。なんでも言ってごらん!」


 正義は恐る恐る質問した。


「え……っと。俺たちの学校は、同級生は、せ、先生はどうなりましたか!?」


 それを聞くと近藤は神妙な顔になって口を開く。


「まずあの怪物に襲われたと思われる教室にいた生徒並びに学校の生徒に死者はいない。重傷者もいたがどれも命に別状はないよ。全員この病院で治療を続けてる」


、ですか」


 近藤は気づいたかという目を正義に向ける。


「ああ、教師に一名死者が出た」


「その人の名前は……」


「林天馬」


「……そうですか、林先生が……」


 正義はその答えをなんとなく察していた。

 ただ確認したかった。

 涙は流さない。

 ただ悔しいという気持ちだけ。

 正義が黙って数秒後、近藤が申し訳なさそうに口を開く。


「あー……ないようなら次は僕が君に聞いていいかな?」


 正義はなんとか感情を押し殺して近藤に目を合わせる。


「なんですか?」


 近藤はまた真剣な表情になって問う。


「正義君、いや、、晴宮正義。君の力を我々に貸してほしいんだ」


「な、なんで僕が勇者だってことを!?」

 

 正義は自分が勇者だということがバレたと焦る。

 近藤はすかさずフォローした。


「僕たちにも人の職業を知る職を持った仲間がいてね。勝手ながら君の職業を調べさせてもらった。確かに世間では、勇者は非常に危険な人物だと言われている。けど僕たちは違う。僕たちは勇者という力が本来人々を救うものだと知っている。信じてほしい」


 その言葉は嘘偽りを含んでいるとは思わず、一応は警戒心を緩める。


 「正義君」


「はい」


「」


 近藤の口が動いた瞬間、正義は一瞬頭痛を感じた。

 その頭痛で近藤の言葉を聞き取れない。

 

「……僕の言ったことが聞き取れなかったかい?」


「はい……すみません」


「大丈夫そうだな」


 近藤は数秒正義を観察すると近藤はポケットから白の指輪のようなものを出す。

 だが真ん中の穴は指が二本は入りそうなほど大きかった。


「これをつけてくれ。大丈夫。この指輪は大きさが変わる特殊なものだから」


 怪しみながら中指を指輪の穴に入れると、指輪が縮み、中指にくっついた。

 驚いている正義に近藤は続ける。


「ところで正義君。君はこの国、日帝皇国がなぜ15世界で何百年も続いてくることができたかわかるかい?」


「……学校ではこの国を囲う大きな結界が守っている、それがバケモノをこの国に入れることを封じていると教えられました」


「それは半分正解だ。正確には結界と、その結界を守る人々がこの国を脅かす脅威を退けてきたんだ」


「結界を守る人々?」


「そう、結界といえども強度はあるから攻撃され続ければいつかは壊れる。だから結界を守る組織である我々が守ってきたのさ」


「我々……?ということはあなたたちが守ってきたってことですか?」


「まあね。そんな我々にもとある悩みがあってね。それは万年人手不足ってことさ」


「最近の会社みたいな悩みですね……」


「戦力不足って言った方が正しいのかな?最近敵さんの力が大きくなっていってね。我々も強くならないといけないってのはわかってるけど、諸事情でそうもいかなくてね」


 近藤は指をパチンとならして正義に人差し指を向ける。


「そこで勇者様の力が欲しいってわけさ」


「勇者の力?」


 正義は戸惑う。


「勇者っていう職業は君が思っている以上に強大なんだ。君は知らないが、勇者はこの世界における『最強の五大職』の1つ。勇者一人いれば小さな国を興せる、と言われるくらいにはね」


「そんな力が俺の中に……」


「ああ。君が入ってくれれば戦力不足という僕たちの課題はクリアといってもいい。だがそれは君に戦場へ出て戦ってくれと言っているようなものだ。もちろん命を落とすかもしれないリスクがある。いやなら断ってもいい。ここでの会話は忘れてもらうけどね」


 近藤は立ち上がって正義が横たわっているベットの横にある机へ目を向ける。

 正義も見るとそこには2つの服があった。


「ここに君の祖父が持ってくださった服と我々の軍服がある。明日の朝九時、僕がもう一度ここへ来るとき、日常へ戻って暮らしたいのなら祖父が持ってきた服を、僕たちに力を貸してくれるならこの軍服、どちらかを着て待っていてほしい」


「……わかりました」


「そしてもう1つ、君にはぜひ我が組織に入ってほしいが生半可な覚悟のまま入ってほしくない。君のためにも、僕たちのためにも。だから1つ『義務』を決めてほしい。『勇者』として戦う義務を」


「俺が戦うための義務……」


 近藤は病室の扉の前まで行き、振り向く。


「いい返事を期待してるよ」


 そういうと近藤は部屋を後にした。


 ――――――――――――――――


 病院食を食べ終え、部屋の電気を消した後、正義は目を開けて考えていた。

 どちらを着ようかはもうすでに決めていた。

 だがその決定に一抹の不安。


(本当にこんな自分が勇者としてやっていけるのだろうか)


 近藤は勇者の力をすごい力と言った。

 だが彼が褒めたのは正義の中にある能力だけ。

 正義自身は果たしてどうなのかと。

 自分がその勇者にふさわしいのかと。

 その疑問が浮かぶと同時にある言葉を思い出す。


『あなたは優しく、そして強い。まさしく勇者のようではありませんか』


 それは亡き恩師の言葉。

 彼は自分を命を懸けて守ってくれた。

 そして彼は正義のことを勇者と言ってくれたのだ。

 そんな言葉を自分のくだらない自己嫌悪で否定したくはない。

 先生を裏切らないためにも、そして先生の意志を終わらせないためにも、正義は勇者にならなければならないのだと決意する。


(そうだ。やっていけるかじゃない。やらなければならないんだ)


 そう思うと正義の中に会った不安は消え、すぐに眠りにつくことができた。


 ――――――――――――――――


 翌日午前9時ちょっと前に正義は着替え終わった。

 初めて着るにしては何年も着たお気に入りの服を着ているように着心地がいい。

 そして軽い。

 長袖なのに半袖を着ているように膝やひじを曲げられる。

 たくさんの服を着た時のような窮屈感も思ったよりなく、まるでパジャマのようだった。

 服の着て体を動かし、調子を確認していると、病室のドアが開いた。


「着てくれたんだな」


「えっと、近藤さん……おはようございます」


「どうだい?着心地は?」


「最高です。今まで来たどんな服よりも着心地がいいです」


 近藤は最終確認と言わんばかりに重々しい声色で正義に質問する。


「さて、聞こうか。君の『義務』を」


 正義はその言葉を聞いて頭の中に、心の中にあった本心を吐露する。


「……俺は理不尽が嫌いです。俺の母と恩師はそんな理不尽によって殺されました。そしてその時俺は無力だった。無力だったから、そんな理不尽に対して何もできなかった」


 正義は顔をあげて、まっすぐな目で近藤を見る。

 今度は吐露ではなく、近藤に自分の思いをぶつけるように叫んだ。

 

「でも今は違う!俺は勇者になって、そんな理不尽に対抗することができるようになった!近藤さんいいましたよね?勇者の力はすごいって……なら俺は、この力を使ってそんな理不尽を倒して、理不尽のない世界を作りたいです。……そして先生の意志を絶やさないためにも俺は戦いたいです!【人を助け、理不尽を倒す】それが俺の、勇者としての『義務』です!」


 近藤はその迫力に一瞬驚いた表情を見せたがすぐに笑った。


「いいねえ……合格だ」


 近藤は後ろを向くと正義に言う。


「その意思は上々、だが君には戦うための力はない。だからこれからお前を鍛える。一週間後にある入隊審査へ向けてな。お前の家族には検査のためもう少し入院すると伝えておく、ついてこい、勇者!」


 左の腕を下から上に大きく振ってマントを翻しながら正義を招き、振り向く近藤。

 その背中に正義もついていく。

 廊下を歩く中で正義は疑問に思っていたことを聞いた。

 

「そういえば近藤さん。組織組織言ってましたけど、その組織に名前とかあるんですか?」


 それを聞くと近藤はニヤリと口角を上げる。


「僕たちは、この日帝皇国のシンボルである『紅き丸』を守るという意志を持って、こう名乗っている……」



 「大日輪皇國軍」

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