第参話 『覚悟ヲ キメテ』

「勇者は、10年前にあの東京テロを起こした職業だから……」


 正義は林先生から目を背ける。

 

「勇者って職業は危険で、関わってはならない職業だって学校で教わったし、ネットでも書いてある。そして勇者は、俺の母を殺した。そんな職業に俺はなりたくない」


 10年前のあの事件から世間の勇者に対する認識は変わった。

 それに正義にとって『勇者』という職は敵。

 ゆえにそんな職業になるということに強い拒否感を示したのだ。

 林先生はその言葉をきいて察し、一瞬口を噤む。

 だがすぐに口を開いた。


「確かに教団の代表は勇者と言われています。奴はその力でこの国に混乱をもたらしました」


 「……」


「しかしあなたは違う、あなたは物静かで一人を好み、積極的な人ではありません」


 突然のマイナス評価に正義は少し不満げな様子を見せてしまう。


「ですが私は知っています。あなたは人一倍のやさしさを持ち、自分の信念を曲げず、自らの意思を貫き通す強靭な精神を持っていることを」


「お、俺がですか?」


 正義は自信なく先生に問う。

 自分に自信のない正義にとって、そんな言葉をかけてくれるのが意外だったのだ。

 そんな正義にまっすぐな目で先生は応える。


「ええ、あなたを10年間見守ってきた私がいうのですから。先ほどもあなたは私を置いて逃げなかったでしょう?あなたは優しく、そして強い。まさしく勇者のようではありませんか」


 「私が断言します。あなたは勇者の力を正しく使いこなし、たくさんの人を救うことができると」


 そういって林先生は手を差し伸べる。


「この手を握ってください。そうすればあなたは勇者になります」


 正義はその手を握ろうとしたが一瞬ためらう。

 勇者に対する不信感もそうだがそれ以上に『勇者』になることに、先生の力を受け継ぐことにいまだに自信が持てない。

 だから、自分ではわからない答えを得るように林先生に尋ねた。


「こんな俺が、勇者になれますか?」


「ええ、なれますよ。私が断言します」


 先生のまっすぐなまなざしにこたえるかのように、正義はゆっくりとその手を握る。

 自信はなかった。

 ただこの状況を乗り越えなければならないという責任感が正義を動かした。

 そうして林先生は呟く。


「われの中に眠る勇者の力よ。この者、晴宮正義の中に移り給え」


 その瞬間、正義は何か大きなエネルギーが胸の中に植えつけられるような感覚を覚えた。

 どこからともなく声が頭の中に響き渡る。


【職業、勇者の就職への『義務』をこれより確認、前任者からの力の譲渡の意思……確認。本人の『勇者的行動』を記憶より検索……確認。本人のステータスを参照……参照……さささ……puー…………適正あり。承認しました。これより晴宮正義へ勇者の力が譲渡されます】


 その声が終わるとすぐにうちにあったエネルギーはどんどんと胸の内に入り込んでいくように感じ、そして消える。

 その感覚に戸惑っていると先生が話す。


「どうやら勇者の力は無事あなたのもとに行ったようですね」


 安心した顔を見せた先生はもう片方の手に持っていた剣を正義に差し出した。

 

「さあ、この武器を受け取ってください」


 差し出された武器に正義は困惑する。


「お、俺、剣を握ったこともないんですが」


「大丈夫です。この剣は特別な剣。剣はあなたの身体を動かし、あなたを歴戦の剣士のように戦わせることができます」


 先生は続ける。


「いいですか正義君。大事なのは『意志』です。こいつを倒すという強い意志。それを忘れないでください」


「先生……」

 

 話を聞き終わると正義はその剣を手にし、まっすぐな足取りで廊下に出て横を見ると、教室と廊下を破壊していたバケモノと目が合った。

 今の正義の心に恐怖はない。

 彼の心にはただ一つの意志、目の前の敵を倒すという意志だけがあった。

 先生に託された思いが、責任が恐怖を忘れさせる。

 

 二人が同時に動き出す。

 バケモノが正義に殴りかかろうとするがその拳が届く前に正義の神速の剣がバケモノの腕を切断。

 痛みでバケモノは後ろに下がり、切断された腕を押さえてうずくまる。

 正義もまた自分の動きに驚いていた。

 まともにケンカしたこともない、運動なんて得意ではない自分が漫画だとかアニメのような動きをしたことに。


 直後、うずくまっていたバケモノが立ち上がるとわなわなと震え始め、上半身が肥大し、その大きさで廊下の天井にもヒビができる。

 肌も灰色へと変わり、おぞましさが増した。

 様子を見る正義へ、廊下と壁を壊しながら近づく。

 先ほどよりも速い攻撃を正義は紙一重でかわし、そのまま剣で相手の腹を切ろうとするが、


 ガキイン!


 刃はその腹を切ることはできない。

 

(か、硬い!)


 正義は切れないと悟りそのままバケモノの背後に回る。

 バケモノも振り向きざまに大きな腕で正義をつかもうとするが、正義は後ろに飛んでそれを回避。


 剣が通らないという事実に焦るが、同時に林先生の言葉を思い出す。


 (いいですか正義君。大事なのは意志です。こいつを倒すという強い意志。それを忘れないでください)


「意志の力……」


 そうつぶやくと正義は深呼吸をして精神を統一する。

 そして心の中を1つの意志で固める。


《こいつを倒す!》


 そうして剣を下に構えてバケモノに接近する。

 バケモノは殴り掛かってくるが正義は避けようとは思わない。

 今の正義の頭にある意志は目の前の敵を倒すことだけ。

 剣が正義の体を動かし、薙ぎ払われた腕の下をくぐらせる。

 そして正義は飛び上がり、目の前に現れた首めがけて大きく剣を振った。

 正義の強い意志が合わさった剣はバケモノの首に食い込む。


「ゼアアアアア!」


 ここで決める、という意志とともに正義は叫び、剣により力を込めると剣はどんどんと首にめり込み、そしてバケモノの首をスパンと刎ねた。

 切ったときの勢いでバランスを崩し、そのまま背中から地面に落ちるが、首を失ったバケモノもまた後ろへと転倒。

 正義はすかさず起き上がり、剣をもってバケモノを警戒するが、バケモノは体をピクリとも動かさず、ただ首から血を噴き出しているだけ。


(倒した……のか?)


 そう思い込み、すぐに先生のもとへ、疲れた体を何とか動かして向かおうとする。


 (先生、無事でいてください……っ!)


 直後、正義は強烈な眠気に襲われた。


(せ……ん……)

 

 麻酔を入れられたような強い眠気。

 それに抗おうと思う間もなく、正義は眠り、倒れてしまった。


 ――――――――――――――――


 正義が倒れ、その場が静かになって数分後、特別棟に現れたのは数人の人影。

 彼らは全身を黒い服で覆い、顔にも目以外はすべて布で覆っている。

 まさに忍者のような人物たち。

 そのうちの一人が耳に手を当てる。

 

「こちら隠密師団第二部隊、例の魔人が襲撃した現場に到着、対象は首を切断され、死んでいます」


 手を当てた部分から声が。


『なんだと?』


「そちらにほかの部隊からこいつを倒したという連絡は来ていないのですか?」


『……来てはいないな。とりあえずその魔人の死体の回収、そして校内の重傷者を軍の病院に搬送しろ』


「了解」


 連絡を取った一人が周りの忍者に命令する。


「聞いた通りだ。けが人の救出を最優先に任務を果たせ。散開」


 そして忍者たちはすぐに散らばっていった。


(さて……)


 残った一人がバケモノの死体のそばに倒れている少年を見つめる。

 

(けがをしてはいないようだがこの死体の近くにいるのは怪しい……一応病院に運んでおくか)


 そう考えると忍者風の人物は袖から一枚の紙を取り出し、少年にその紙を近づけ、呟く。


「杉田総合病院まで」


 男がそうつぶやくと紙が燃え、その火の中からは巨大な鷹が現れる。

 鷹は足で少年をつかむと学校の窓から空へ羽ばたいていった。

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