第7話
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「風間君!お疲れ様~!」
「あ、お疲れ様です。佐藤さん。」
「残業だよね?今日も。手伝うよ。」
すいません、と苦笑いを浮かべている俺の隣に佐藤さんが腰掛ける。
社長達と色々あった事を初めて吐露したせいか、佐藤さんはこうして俺の残業を手伝ってくれている。
飲み会後の平日、俺は佐藤さんとどんな表情で顔を合わせようか悩んでいた。
俺が一方的に解散してしまったし、記憶は曖昧だが、困惑する彼女の表情は覚えていた。
しかし、それは杞憂だったようで。
佐藤さんは何も無かったかのように俺に話しかけてくれたのだった。
少々面を食らったが、俺もいつも通りに佐藤さんと接し、仕事に取り組んだ。
「風間くんの残業続くよね~!今月末にある市のお祭りイベント作業も、勝手に風間くんの名前配置されてたし。」
「ははっ、まあ納品仕事でも無いし…。肉体的にはまだマシですよ。」
「いやそうかもしれないけどさあ、他の職員との扱いが露骨過ぎる!やっぱり文句言いたい!」
「佐藤さんに迷惑が掛かるので勘弁して欲しいって言いましたよね。」
「うーん……けど、けどさあ!!…うう…。」
不服そうな佐藤さんだったが、渋々と言った表情でpc画面に向き直す。
居酒屋での話から、社長に文句を言ってやると息巻いている佐藤さんを俺はやめてくださいと釘を刺した。
社長達との件を大事にしたくは無い。
決着自体はついているし、俺は潔白であるから、仕事自体辞めるつもりもない。
「佐藤さんが変な嫌がらせ受けて、仕事辞めるなんて事になったら俺嫌ですしね。」
周りに迷惑など絶対に掛けたくない。
絶対に。
「…か、風間君と話してると、たまに恥ずかしくなる。」
佐藤さんはパタパタと両手で顔を仰ぐ。
空調が効き過ぎているのだろうか、頬が赤い気がする。
「暑いですか?ちょっと空調下げに行ってきま、」
「いやいや!全然違うっ……って、細っ!!?」
席を立とうとした俺の手首を握った彼女の声が事業所に響く。
「ちゃ、ちゃんと食べてるの?!何か入社した頃より痩せてない?!長袖で気付かなかったんだけど……。」
「ああ……まあ、最近は食欲落ちててあまり食べてないかも。自炊とかもしていないし…。」
残業続きのせいか、精神的疲労が蓄積されたせいか、ここ最近は食が格段に細くなってしまった。
惣菜などは、自宅近くのスーパーで半額の物を買っているが、それはほぼチコの為だ。
チコは良く食べるから、その姿を見ているだけで俺は満腹になってしまう。
「じゃあさ、もし良ければなんだけれど、私何か作ってお裾分けしようか?」
「えっ、いや……悪いですし。物価高で食材も高くなっているから申し訳な、」
「全然大丈夫!!早速明日仕事終わりに渡すから!」
……この人は良く俺の言葉を遮る。
食い気味の圧に若干しり込みしつつも、何年も人の手料理など口なしていない。
惣菜も手作りの1つだと言われればぐうの音も出ないが。
チコにはいつも同じ味付けのご飯ばかりだし、チコも喜ぶかな。
俺も、佐藤さんのご飯……、食べてみたいかも。
「じゃあ、その…お願いします。後で材料費いくら掛かったか教えて下さい。」
「了解!楽しみにしてて~!私、料理教室最近通ってるからさ~!」
「ははは…。」
押しに負けてしまったが故、少し強引な彼女に苦笑いをするも、以前より佐藤さんとの関係が親密になった事に少し胸が高鳴った。
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『まただ、楓以外の人が楓と私の家の中に入ってる。』
1DKの木造アパートに、ビニール袋をガサガサと揺らしながら、玄関の靴を脱ぎ部屋に入ってくる。
シンクに散らかった食器を溜め息を吐きながら片付ける後ろ姿が見える。
その後、手際の良く購入したであろう食材を並べ、包丁のリズミカルな音が部屋に響く。
グツグツとした沸騰している音、煮物だろうか、鼻を掠めるいい匂いに生唾を飲む。
何品かの料理が出来たのだろうか、
持参したタッパーに料理を詰め、冷蔵庫に入れる。
冷蔵庫内にあった古い未開封のタッパーと入れ替えているようだ。
その人は軽く部屋を見渡し、玄関へと向かっている。
『誰なのだろうか。誰だったのだろうか。』
私の姿は見えておらず、でもその人の顔も私は見ようとしなかった。
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「うう……ん。あれ、今何時……。」
カーテンの隙間に光が反射し、部屋全体が明るくなる。
日の出が遅くなる冬の休日は、二度寝が捗って仕方が無い。
デジタル時計を見ると、時刻は朝9時。
二度寝したいのは山々だが、一旦チコのご飯を用意して置かなければ。
ご飯と言っても、昨日の惣菜をテーブルに置いて置くだけなのだが。
「寒過ぎるマジで……。チコおはよ~…。」
両腕を擦りながらキッチンに向かう。
チコはソファで眠っている。
ソファの3分の2程占めている姿に、成長したなと感慨深くなる。
「……タッパー、どうしようかな。」
誰かが不法侵入していると気付いた原因のタッパー。
初めてタッパーが冷蔵庫内に入っている日から、未開封のまま。手を付けていない。
あの時は気が動転していたし、冷静では無かったから、"警察"という2文字が頭に浮かんだ。
浮かんだのだ。
浮かんだのだけれど、
「……あれ?何か、タッパーに入っている物、前に見た時と違う…?」
そう思い、手を伸ばした瞬間だった。
-----ドンドンドン!!!
「!?」
力強く、扉を叩く音が部屋中に響き渡る。
瞬間的に扉に視線を移す。
あの夜の、チコの
震えている姿を瞬時に思い出す。
独り、ほぼ無音のこの部屋で突然大きな音が部屋中に鳴り響くだなんて、大人しくて臆病なチコには相当な恐怖だったであろう。
----ドンドンドン!!!
再度鳴り響く音に、息を殺す。
このまま居留守を使うか、警察に通報してしまおうか。
いや、通報が先決だ。
チコがあれ程怖がっていたじゃないか。
チコの為に、チコを安心させてやらなければいけない。
普段使用していない私用スマホを探そうとして、一瞬視線を逸らした、その時だった。
「楓ーー!起きろよー!!!」
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