第3話

あの件はもう解決したのに、俺がまだ仕事続けてるのが気に食わないのかよ…。

俺は何も悪くないのに!


「風間君!怖い顔してどうしたの!」

「うわっ!…あっ、佐藤さん、おはようございます…。」


俺の視界に現れたのは、同じ職員の

"佐藤 結"さんだった。

俺より3年程前からこの事業所に務めており、新人の教育係でもある佐藤さんは、面倒見もよく、俺の事も良く気に掛けてくれる先輩だ。


「何かあったら後で聞くから、今日を何とか乗り切ろうね!そしてキンキンに冷えたビールを飲もう」


「ははっ、ですね。納品作業頑張りましょう。」


大きな黒目がちな目が細くなり、にこりと笑顔になる佐藤さんは、可愛らしい容姿も相まって、職員や利用者間のアイドルらしい。


彼女の周りを見る面倒見の良さやトーク力は俺も見習わなければならない。

「風間さーん!納品用籠、車に積んだよー!」

「わかりました!直ぐ行きます!」


事業所入口から、佐々木さんが俺の名前を呼んでいる。

俺はファイルと車のキーをポケットに入れ、足早に佐々木さん達の元へ向かった。


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「ハァ…。やっぱり今日のメンバーだと納品効率悪いわ。しかもよりによって納品数が1番多い週末なのに…。」


深いため息を吐きながら、アパートの階段を登る。

やはり、あのメンバーでは納品時間には間に合わず、利用者が送迎で帰宅した後、俺1人で作業を続けるはめとなった。


作業報告でのミーティングで、社長は不在だった為、怒られこそはしなかったけれど。


「社長がメンバー選んだんだよな…。前日俺休みだったからなあ…。虐められてるのか?俺は…ハァ…。」



『お帰りー!楓!お腹空いたー!!』

俯きながら扉を開けると、俺の頭にチコの甲高い声が響き渡る。

そして、足元にキラキラとした丸い目で俺を見上げるチコがちょこんと座っていた。


先程の溜め息やドス黒い感情が、チコの姿を目にした途端、軽々と消えていくのを感じる。


「チコ!ははっ、ただいま!猫缶多めに出してだろ、足りなかったか?」


『あんなの不味いし足りないよ。ご飯買って来たんでしょ?いい匂いがする~!』


片手に持っているビニール袋に鼻を当てながら、カサカサと音を立てる。


「今日はなあ、仕事で疲れたから俺の好物買ってきたんだよ。」


『肉じゃがだ!私に玉ねぎ分けて!」


「玉ねぎ好きだなあ、良いよ。まず部屋着に着替えてから一緒にご飯食べよう。」


チコはルンルンとしながら小さな鍵尻尾を左右に振る。この姿が俺は堪らなく癒されて仕方が無いのだ。


部屋着に着替え、机に惣菜の肉じゃが、別皿にチコ用の玉ねぎを置く。

そして、冷蔵庫から買っておいたビールを取りだし、胃に注ぎ込む。

すきっ腹にアルコールが直に染み渡り、身体が火照り始めた。

視線を移せば、チコは甘辛く煮られた玉ねぎに夢中の様だ。

「…なあチコ、俺のせいでお前を死なせてしまったことさ、本当に申し訳無いと思ってる。本当に、本当にごめん。」


『いつもお酒飲むとそれ言うよね。聞き飽きたよ。』


「それでも、俺は、俺はお前を」


『私は、楓と一緒に居たくてもう一度ここに来たんだよ。…玉ねぎ美味しすぎる!』


チコはいつも俺が欲しい言葉だけをくれる。

こうして日に日にチコの姿が現れるにつれ、チコの存在が俺の日常の唯一の救いなのだと、日々実感するのがとても幸せだ。


「チコ、ありがとうな。沢山食べてずっと俺の傍で俺と話してくれよ。」


触れられないチコの姿を愛でながら、ビールを流し込む。

炭酸で胃も膨らんだのか、食欲が湧かない。

社長達との精神的な負荷も相まってるかもしれない。


『楓全然食べてない!…残り食べても大丈夫?』


チコ、何だか前より身体大きくなったな。

霊体も成長する事あったっけ…。


机に突っ伏したまま、遠くなる意識の中でチコの丸い綺麗な目に、俺の姿が反射しているのが見えた。

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