第4話


 ※※※


 死にたい。


 死んで別人になりたい。


 いや。


 


 そんなことを考えながら、学校からの帰り道を一人で歩いていると、道端に怪しげな雰囲気をまとった老婆が座っていた。


「そこのアンタ」


 老婆に話し掛けられ、私は足を止めた。


「……私、ですか?」


「そう、アンタだ。ちょっとこっちに来なさい。良いものを見せてあげよう」


「……結構です」


 そう返してその場を離れようとした私の鼓膜を揺らしたのは、「いいのかい? 想い人を諦めてしまって」という言葉だった。


「どうしてそのことを……?」


「そんなことはどうでもいいじゃないか。それより、想い人を取り返したくはないかい?」


 老婆の質問に対する答えは、考えるまでもなく明らかだった。


「……取り返したいです。でも、そんなこと出来るんですか?」


「勿論、ワタシの『マスカレード』を使えばね」


「『マスカレード』……?」


「ああ、君達が入れている『スタイリスト』の強化版みたいなものさ」


 老婆の言葉に、私は首を傾げた。


「強化版……? そんなアプリ、聞いたことないですけど……」


「それはそうだろう。『マスカレード』はワタシが作った、ワタシだけのアプリだからね」


「私が作ったって……それって、違法なんじゃ……」


 現在、『同調器』内のアプリは全て国から支給されている。


 自分で作ったアプリなんて、聞いたことがない。


「違法だね。その分、制限もない。こんな感じでね」


 老婆がそう言った瞬間、


 


「な……⁉」


 私は驚きのあまり、声を失った。


 標準アプリである『スタイリスト』は、『同調器』を通じて視覚情報を操作し、見た目を変化させることが出来るが、その範囲には明確な制限があり、別人のように見せることは出来ない仕様となっている。


 しかし、『マスカレード』を使用した老婆は、


 顔から骨格、服装まで、どこからどう見ても私そのものだった。


「どうだい、素晴らしいだろう? ワタシの『マスカレード』は」


 驚くことに、声まで私そのものだ。


「……対価はなんですか?」


 私がそう聞くと、老婆は元の姿に戻った。


「対価なんて要らないよ。これは、100%の善意さ。年寄りから、前途ある若者に対してのね」


 老婆がそう言うと、私の視界に「『マスカレード』をインストールしますか?」という警告文が現れた。


 脳内で『YES』を選択し、『マスカレード』をインストールする。


「『マスカレード』を起動している間は、身分証明用のデータも自動的に偽造される。『同調器』を入れている限り、正体を見破ることはまず無理だろうね」


「…………」


 視覚情報や聴覚情報だけでなく、個人情報まで別人になれるのであれば、老婆の言う通り、警察にだってバレないだろう。


 そして勿論、美羽にだって。


「ただし、『マスカレード』に関してはワタシとアンタ、二人だけの秘密だ。どんなに仲の良い相手でも、勝手に教えたりするんじゃないよ。この約束を破った場合は、それなりの代償を払ってもらうことになるからね」


 老婆からなんとも言えない凄みのようなものを感じ、私は思わず唾を飲み込んだ。


「……代償、ですか」


「ああ。命までは取らないが、それに近いことはさせてもらうだろうね。まあ、約束を守ってくれさえすれば、何もしないよ」


「……分かりました」


「それじゃ、よい仮面人生マスカレードライフを」


 そう言って、老婆は私を笑顔で送り出した。

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