第1話-⑦
村の惨状を目にしたランは涙した。故郷が消えていく。それは少女に経験したことのないほどのショックをもたらした。道にくずおれるように倒れている死体のことは直視できなかった。知り合いかもしれないと思うと、たまらなく怖かったのだ。
彼女はどこに向かっているのかも分からず走っていた。すでに家々は燃え、自分の家を探すのさえ困難を極める。来た道も崩れ落ちた火で塞がれてしまった。もうそのころには彼女の頭の中には、本のことなど入る余地もなく、ただ残酷なこの場所から逃げたいという思いしかなかった。
「娘。俺がさっきお前とばあさんを逃がしてやったのは、俺がガキと女は切らない主義だからだ」男の声が聞こえて、ランは立ち止まった。
「私は女だけど、ガキじゃない!」それに答えていたのは、確か、セナとかいう女の子だった。
「ガキだろ。ガキと言ったら許してやる」
「ガキじゃない!背が低いだけ!」
「そーゆーのをガキっていうんだ」
「人をガキ呼ばわりするアンタがガキだ!」
セナは鉈を振りかぶり果敢に挑んでいくが、簡単に刀の峰で体ごと弾かれてしまう。
「ぐっ」
セナは地面をバウンドして、倒れた。痛む体に鞭を打って立とうとするが、骨がやられて言うことを聞かない。額から汗が噴き出すのを感じたが、ぽたぽたと地面に垂れた液体は赤かった。
「ガキじゃないなら、殺されても文句はないな」キョウイチは刀を持つ手の肘を引いて突きの姿勢をとった。その顔にはもう情けはない。迷いなく一直線にセナを地面ごと貫かんとした。
「だめ!!!」
飛び出したランがセナに覆いかぶさるのと、刀が少女ふたりの体を突き刺すのはほとんど同時だった。刀はランの背中から腹部を貫き、セナの心臓に達した。ランの懐から木箱が地面に零れ落ち、蓋が開く。中から二枚の黒い石が出てくる。それは綺麗な板状に加工されいていて、片手に収まるほどの大きさだった。
「ちっ。だからガキは嫌なんだよな」ランの背中を踏みつけて刀を抜いた。「金も持ってねぇし、切った気もしねぇ」
キョウイチは刀の血を払い、背を向ける。
セナは薄れゆく意識の中で泣いていた。死ぬのが悲しいのではなかった。ただ、負けたことへの悔しさからくる涙だった。自分がガキじゃなければ、女に生まれてなければ、そんな思いが今際の際に溢れ出し、セナの瞳を濡らしていた。
ランの頬も涙で濡れていた
次第に二人の目から光が失われていく。
寒さも暑さも、感じなくなっていった。
そのとき、木箱から落ちた黒い石の表面がさざ波のように揺れた。それは明らかに無機物の反応ではなかった。生物でもあり得ない。波は次第に大きくなり、薄い直方体だった石が小さな立方体を生み出しながら展開していく。元の石の大きさからはあり得ないほど広がった石は、曲線を含む優美な形に帰結する。人の顔をすっぽり隠すモノ。仮面が石の正体だった。
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