第1話-⑥

 夜の闇が晴れた。ランは村が燃えているのを見た。

「ああ」彼女の口から吐息のような声が漏れる。「そんな」

「ランちゃん。はやく歩いて」

 祖母はランの手を引くが、彼女は微動だにしなかった。その目は燃え盛る炎を反射している。あれだけ火が広がれば、ランの家もただでは済まないだろう。そうなれば、家にある本は全部燃えてしまう。そう気づいたときには、ランは祖母の手を振り払い、登ってきた山道を引き返して走り出していた。


 セナは巫女様をおぶり、まだ燃えていない民家の影に隠れた。煙がひどく、中に入りたいところだったが、火に囲まれたら逃げられなくなってしまう。巫女様をゆっくり地面に座らせると、彼女はざっと周りの様子を伺った。

 村は酷いありさまだ。どこまで燃えるかも分からない。でも、炎と煙のおかげで身を隠しやすい。不意打ちならばセナのような少女でも、大人の男を倒せるはずだ。

 腰から鉈を抜くセナの手に巫女様の手が重なった。煙を吸い過ぎたせいで、声が出せなくなっている巫女様だったが、言わんとすることは目で伝わった。やめなさい。

 セナは巫女様の目をじっと見つめた後、優しくその手をどけた。それから、着物の裾を破いて溶けた雪に浸し、軽く絞ってから巫女様の口にあてた。

「これで押さえておけば、少し呼吸が楽になる。歩けそうだったら、西の森へ行って。そこなら影になってここから見えない」

 そう言うと、セナは巫女様の目をみないようにその場を離れていった。


「金目のモンはあらかた取りましたー」

 刀を肩に担いでいたキョウイチのもとに、タジロウがやってきた。久々の大きめの仕事に、満足そうな笑みを浮かべている。

「うし。あとは頃合いを見て各自解散だな」

「へい」

 タジロウが返事をして振り返ろうとした瞬間だった。火の中からセナが飛び出した。タジロウの左斜め後ろ。気づいても防御しづらい角度から、首めがけて鉈を振りぬいていく。

(とった!)セナは己の一振りに確信をもった。完璧なタイミングで刃が首の肉への軌道を描いていく。だが、その行く手にタジロウの左手首が挟まり、ギリギリのところで鉈は手首の骨に跳ね返された。咄嗟にセナは後ろ飛びに距離をとる。

(クソッ。あとちょっとだった)

 認めたくはないが、セナはまだ子どもだった。大人との身長差では首を狙えば、下から振り上げざるをえない。その際に腕がそのライン上で障害物となりやすい。一か八かの賭けだったが、セナはその賭けに負けた。

「痛ぇぇぇぇ」タジロウは手首を抑えてもがいていた。静脈が切れた手首からは赤黒い血がドバドバと溢れて、雪を染める。

(あの娘さっきの)キョウイチは思った。それから、今さっきセナが飛び出してきたところを見やった。(なるほど。火の中に伏兵などあり得ない。誰もが先入観でそう思う。それを利用したわけか。しかしまぁ、思いついても普通は実行しないだろ。バカだなこいつ)

「タジロウ、血止めてこい。ここは俺がやっとく」

「くそ。ぶっ殺しといてくださいそのガキ!」

 タジロウは痛みに耐えながらよたよたと去っていった。

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