第1話-⑤

「そこのあなた!」セナは山へと急ぐ背中に声をかけた。

 ランは最初自分にかけられた声だとは気づかず、ただ大声に反応して振り返ったが、セナは真っ直ぐ彼女の方へ走ってきていた。

「え?私?」

「そう、あなた」セナは言うが速いか、ランの胸に木箱を押し付けた。「これ持っといて。大事なものだからなくさないでね」

 それだけ言うとセナは踵を返して、風のように去っていった。

「え、あ、ちょっと」ランはいった。

「ラン、早くして」と祖母。

「う、うん」


「ばあさん、どいてほしいんだけどな」

 キョウイチの目の前には巫女の衣装を纏った老婆が、雪の上に膝を折り座っていた。

「律儀で下賤な者よ、ここを通りたければこのワタシなど無視していけばよろし。なざそうしない」

「こう見えても信心深いので」

「そうか、ならば神は言っておられる。帰れ、と」

「んー。無理だな」

「他ならぬ神の言葉に従えぬと」

「いやいや、従うさ。ただちょっと遅すぎたっていうか」

「巫女様!!」セナが飛び出してくる。

「セナ!なんでここにいる。はやくにげなさい」

 セナは巫女様を無視して続けた。

「村に火がつけられた!全部燃えてる!」

 言われてから気づく、木が焦げるにおい。日は落ちているのに明るくなり始めた空には、夜空より黒い煙があがっていた。


「まいったな。自惚れているつもりはなかったんだが」ザーレは燃え盛る村を見下ろして言った。

「彼らを推し量れたとしたら、あなたはその地位にいませんよ」とマレー。

「ふむ。割り切れるのは君の強みだな」

「面目もございません」

「いや、いい。だからこそ私には君が必要なのだ」

 そうやって認められることがあなたの強さなのです。マレーは言いかけてやめた。村を取り囲む山々から野犬のような男たちの雄たけびが聞こえてきたのだ。

「奴ら感化されましたね」

「幸い、包囲は完成してる。アレは確実にこの中に封じ込めた」

「あーあー。虐殺ですねこりゃ」

 マレーは村の逃げる村民を追いかけて切りつける野党の一団を見ていた。

「これが虐殺なら血に染まるのは私の手でなければなるまい」ザーレは刀を抜いた。「もとよりアレ以外はどうなったって構いはしないよ」

「仰るとおりで」

 真っ赤に燃え盛る村へと、ザーレは雪を踏みしめて歩いた。青銅の仮面は火に照らされてぬらぬらとその表情を変えていた。


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