第1話-④
「賊が来てる!今すぐ逃げて!山の方に行けば男たちもいる!はやく!」セナは民家の扉を開けて大声で叫んだ。
「本当なの?」
夕飯の準備をしていた年配の女性は、菜箸を持ったまま動揺した。災難がアポをとってくれるわけもないが、あまりにも急な出来事に頭がついていかなかった。
「本当」セナは短く鋭く答えた。「急いで」
こんな何もない村を襲うなんて、にわかには信じられなかったが、逃げるにこしたことはない。女性は火に砂をさっとかけて消すと、土間からあがった。
「ランちゃん」女性が襖を開けながら呼びかける。
ランと呼ばれた少女は部屋の隅で読書をしていた。歳の頃はセナと同じくらい。あまり外に出ないせいか、雪よりも白い肌をしていた。女性はランの祖母だった。
「ランちゃん。聞こえたでしょ、急いで逃げましょう。温かくして」
祖母が着物を引っ張り出している中、ランは本のページをめくった。
「ほら、これ着て」
「ん」
「いま本はやめて」
祖母に本を取り上げられ、ランはようやく顔をあげた。
「どこか行くの?」
「逃げるんです。村が襲われるから」
「ふーん」
祖母はドタバタと家財をまとめ始めた。ランはそれを視界の外に、手近にあった本を2、3冊風呂敷に包もうとしたが、祖母に手を引かれてしまう。
「ああ、本が」
「そんなこといいから」
「村の連中、気付きましたね」
「クソがっ。チンタラ包囲してるからこうなるんだ。行くぞタジロウ」
「どこにですか?」
「決まってんだろ」キョウイチは立ち上がり、刀の位置を直した。「アリどもめ、火つけて燻してやる」
セナは次の民家に飛び込んだ。「巫女様!逃げましょう」
家の中には明かりもなく、シンとしていた。人の気配がない。もう逃げたのかもしれない。セナは土足のまま居間に上がり、家の奥までツカツカと歩いた。念のため、人がいないことを確認したい。
最後の襖を開けたが人はいなかった。どこに行ったのだろう。ちゃんと逃げてるといいけど。
「セナか」不意に老いた女性の声がかけられる。見ると、巫女様が外から入ってくるところだった。手には見慣れぬ木箱が持たれていた。
「巫女様!」
「分かっている。これを取りにいっていただけだ」
「そんなものいいから早く逃げてください」
「ワタシのことはいい。それよりこれを持っていけ」
巫女様はセナに木箱を押し付けるように渡した。両手で収まるほどの大きさ。ズンと重さを感じる。
「巫女様」
「ワタシの足じゃ山は登れんよ」
「でも」
「それにな、ワタシが死ねば奴さんの腹の虫もおさまるじゃろうて」
巫女様はしわくちゃの顔でにっこり笑うと、背を向けて玄関から出ていった。セナはその背中が見えなくなるまで、見つめていた。
巫女様はみんなが逃げる時間を稼ぐつもりなんだ。セナは目元が潤むのを感じたが、気づかないフリをして袖で目元を拭った。
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