第1話-③

「痛いです先生」

「先生じゃない。サトルさんと呼びなさい」

 サトルと名乗った男は頭をさするセナをよそに、狼の死体へとひざまづいた。

「コイツははぐれ者だ」サトルは手を合わせた。「群れから追い出され、生きていくのに必死で、目につくもの全てに反応するようになってしまった。お前がソレをぬいてなきゃ、別の道もあったかもしれないな」

 サトルがセナの手にいまだおさまってる鉈を指差して言った。セナは責められている気がして、さっと鉈を背中に隠した。

「さ、運ぶのを手伝ってくれ」

「え、あ、うん」

 鉈を腰に収めて、彼女はサトルのそばに寄った。色々なことがいっぺんに起こり、彼女の意識は目の前の狼に注がれかけていた。が、背後で鳥たちが一斉に羽ばたく音を聞き、今本当にすべきことを思い出した。

「先生!村が襲われます。いっぱいの人が、武器を持って村の方に。一列になって。知らせないと、はやく!」

 捲し立てる早口で喋ってしまい、彼女はちゃんと伝わったか不安になった。サトルは手を止めて、セナの表情を注意深く観察しているようだった。

「分かった。お前は言うことこそ聞かないが、嘘はつかない子だ。急いで村に行って知らせろ。俺は男連中を連れ戻しに行く」

「はい!」

 言うが速いか、セナはくるりと回れ右して走り出した。

「待て」サトルは走り去ろうとする彼女の首根っこをつかまえた。

「ふげっ!」

「俺の板を持っていけ。滑った方が速い」


「いつまで待ってりゃいいんですかね」タジロウはイラだち始めていた。「だいたい信用できるんですか?あの変な仮面」

 2人は村の様子を伺ったあと、別命あるまで待機を強いられていた。火で暖をとるわけにもいかず、冷たい雪の上でじっと固まっていほかなかった。

「さぁな。だが、あれでも島のお偉いさんらしいからな。報酬も弾むし、損はねぇじゃねーか」

「そうは言ってもですよ。兄貴と俺だけ別行動で、他の連中は奴の指示通り動くって、言いたかないですけどナメられてますよ」

「わーってるよそんなことは。食っていくのには仕方がねぇんだよ」

 タジロウはなおも不満げだった。野党まがいの身の上だが、それでも食いものにされていい気がするわけもなかった。兄貴が一番それを分かっているはずなのに、薄気味悪い仮面の男の言いなりになっているのも、我慢ならなかった。

「いいから村を見張っとけ」

「へーい」

 キョウイチに言われた通り、タジロウは影から村を見下ろした。

「ん?」

「どうした?」

「子どもが一人走ってますね」

 キョウイチも言われて村を見る。すると、村のはずれから小さい影が民家の中へ移動していくのが見えた。



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