第14話 田植え祭と神力

広場に作られた祭壇にはお供え物が置かれています。

そして、私の視界に映る田んぼには水が張られ太陽の光をキラキラと反射していました。

まるで、苗が植えられるのを今か今かと待っているかのよう。

祭壇の前では母上が祝詞をあげています。

やがて、祝詞が終わり、僅かな間をおいて私の横に控える鈴奈が篠笛を口に当てた。

静かに吹き鳴らされる笛の音。

その音に誘われるようにして私は舞台へと歩み出る。

笛の音色に合わせ足を運び、腕を、身体を動かす。

ふと、視界の中で神力の流れが視えた。

母上の祝詞によって増幅された神力が鈴奈の笛の音に導かれるようにして田畑へと満ちていく。

青く、蒼く、藍い神力が里を満たしていく。

ああ。なんて綺麗な光景なのだろう。

でも、なんだか悔しいな。


――ピシリ。


これは母上と鈴奈の神力なのだ。


――ピシリ。


私はただ神楽を舞うだけで、此処に私の力は何も――。


――ミシッ!!


それは神楽の終わりと同時に起きた。

神力が里全体を満たしたのだ。

咄嗟に私は母上の方を見た。

母上にしては珍しく驚いた表情をしていました。

母上もそんな顔をするのですね……。

鈴奈は、というとこちらは目を真ん丸と開けて驚いている。

いづなは、あ、なんだか嬉しそうにしてるな。

里の人たちは……。うん。こちらは特に変わったような感じはないかな?

でも、神力の視えている一部の人たちは同じように驚いているようだ。

なんだろう? こんなことは今までは一度も……。

去年との違いは、いづななのかな? もしかして、いづなの力が祝詞と笛の音によって発露して、母上と鈴奈の力に呼応したのでしょうか?

ああ……。やっぱり、みんな凄いなぁ……。

ギュッと拳を握り締める。

気を緩めると瞳の奥から溢れそうになる思いを懸命に押し込めて、私は笑みだけを浮かべるのでした。


「さぁ! 田植えを始めますぞ!!」


右岸の村長が号令を掛けた。

皆がそれぞれに苗を持ってワイワイと笑顔で田んぼに入っていく。それを見て、私といづな、鈴奈も後に続く。


「ひゃッ!」

「冷たッ!?」


田んぼに張られた水の冷たさに思わず声が出てしまった。

相変わらず、この時期の水は冷たい。


「ほら。足元取られないように気をつけなさいよ?」


鈴奈の言葉に気を引き締める。

毎年とはいえ、私が田植えに参加するのはこの一回だけなので、なかなか慣れません。


去年はうっかりして、大惨事だったのです……。


まぁ、里の子供たちには駄目な田植えの良い見本になれたのだからそれはそれで教訓にはなったと思いたい……。うん。

その結果、あの惨状で風邪を引かなかった自分は偉いと思う。本当に……。

そういうこともあって、色々と気を引き締めた結果、今年は無事に乗り切った。

いづながちょっと危なかったけど、神術による身体強化で乗り切っていた。

流石、いづな。末恐ろしい才能です。


「お姉ちゃん。凄かったね!」


祭事を終えて社へ帰る途中、いづなが、ふとそんなことを私に言った。


「流石に何年も田植えをやれば馴れてくるものですよ?」

「ううん。違うよ! 舞の時に、神力がこうブワーって膨らんで。あれ、お姉ちゃんだよね」

「え?」

「そうよね。あんなに神力が膨れ上がるなんて、去年まではそんなこと無かったのに……」


鈴奈も相槌を打つように言う。


「ま、待ってください。あれはいづなですよね?」

「え? 僕は何もしていないよ?」

「え?」

「え? あれって、壱希だったんじゃないの?」

「え? 私は何もしていませんよ? その証拠に――」


私は懐から形代を取り出す。

実は、何かあった時にと常に形代は持っているのです。

まぁ、私自身は使えないので余り意味はないのですけど。

とりあえず、神力を注いでみようとしても――。


「「「……」」」


何も起きなかった。


「はい」

「うん」


何も起きなかった形代をいづなに渡す。

いづなの手の中で形代は雀の姿になって、空へと舞い上がる。いづなの作り出した雀は上空を一周してから私の手に降り立って再び形代に戻った。


「そうなると、壱与様?」


うーん。どうだろう? 母上も驚いていたような感じだったから関係無いと思うけど。正直わからない。

そんな母上は領主様の宴席に呼ばれているので本日の帰りは遅くなる。


「うーん。どうでしょう? でも、確かにあんなことが出来るのは母上だけのような気もします」


やっぱり母上なのかなぁ? 明日にでも聞いてみようかな?

私は本日の不可思議な事象に首を傾げるのだった。


***


宵の口。

社へ向かう道を壱与は一人歩いていた。

不意にバサバサと羽音が響く。

壱与が左腕を掲げるとそこに一羽の黒鳥が舞い降りる。

それは、先日、壱希を慰めた黒だ。

黒は器用に壱与の腕を移動すると、まるでそこが定位置とでも言うかのように壱与の肩へ腰を落ち着けた。


「あれはあなたの仕業ですか?」

『違うな。あれは壱希の力が一時的に漏れ出したにすぎぬ』


壱与の問いかけに黒が答えた。

ただし、その言葉は直接頭の中に響く音となって。


「やはり……」

『結界は持ちこたえた。壱希の存在は外へ知られてはいない。だが結界基に綻びが生じているかもしれぬ。一度見て回った方が良いだろうな』

「わかっています。あの子の存在を外部に知られるわけにはいきませんから」

『そうだな。アレは諦めてはいない。その時までに壱希の存在が知られるのは避けねばならぬ』

「ええ。わかっています」


そして、黒は宵闇へ飛び立ち姿を消した。

その時、赤銅色に染まった壱与の瞳には普段は決して見せない複雑な感情が表れていた。

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運命に翻弄される少女と心を壊した男の子の物語 @shinori_to

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