第13話 社殿の裏で
社殿裏の鍛錬場で、いづなは手に乗せた形代を前にうんうんと唸っている。
それを私と鈴奈は静かに見守っています。
ただいま、いづなは式神の術を練習中なのです。
師たる母上はと言うと、本日は、近々行われる田植え祭りの準備のため、領主様のお屋敷へ招かれていて不在です。
ただし、簡単な手解きは昨夜していたため、いづなは実践をひたすら反復練習しているのです。
それに私と鈴奈でもちょっとした手解きくらいであればできますからね。
「そう上手くはいきませんよね」
「まぁ、誰でも最初はね。私も式神を顕現させるのには何日も掛かったし……」
そう言いながら鈴奈がいづなへ向ける眼差しには、しかし、はっきりと期待の色が混じっていました。
それだけ、鈴奈はいづなの才能を認めていて、ちゃんと評価しているのです。
まぁ、その期待の半分くらいは自分の負担が減るという打算もあるのでしょうけど。
「実際、難しいのよ。身体強化は自分の神力を自分の中で使うだけだからそこまで苦労はしない。――けど、式神は自分の外にある形代に神力を注いで、そこからさらにその形代を操作しないといけないからね……」
「そして、式神は形代の形状を神力で変化させることで、式神そのものの存在を自然に溶け込ませ気取られないように出来る。と――」
鈴奈の言葉に続けた台詞は母上からの受け売りです。
母上や鈴奈が式神を使う時は、用途に応じて様々な姿を取らせます。
連絡や周囲の確認なら鳥、狩猟のお供なら狼や猪、果ては熊など。
そういえば、随分と前、体術訓練の際に母上が鬼の妖を式神で再現した事があった。
背丈はいづなと同じくらいで、小柄な女の子の姿をしていたのに私は手も足も出ませんでした。
母上曰く、本物はもっと強いですよ。とのこと。
まぁ、里には結界があるから、敵意を持った妖が入り込むことはまず起こり得ないのですが、そう言った手合いが入り込んだ際に対処するのも上代家の務めです。
でも、もし外から敵意を持った妖が入り込んだら、その時、私には何が出来るのでしょうか……。
「やっぱり才能あるわねぇ」
不意に横から感嘆混じりの鈴奈の声が聞こえた。
私は思考を中断して視線をいづなへ向ける。
いづなが持っていた形代は青い神力を纏って、いづなの頭の高さまで浮かび上がっていた。
そう、式神が顕現したのです。
「いづな。次はそれを動かしてみようか?」
鈴奈は懐から形代を取り出すと神力を注いで式神にする。
フワリと鈴奈の手から離れた式神はいづなの式神の周囲を回る様に飛んだ。
「まずは、私の式神の後を追いかけてみて!」
「う、うん」
いづなは自分の式神を見つめると操作に集中し始める。
それから、いづなの式神は鈴奈に言われた通りに鈴奈の式神の後を追いかける。しかし、その飛び方はフラフラと覚束ない。
「いづな! あなたはそこに立ったままでいいから、式神の目だけを使いなさい。どうせ視えているのでしょう?」
鈴奈の言葉にハッとしたのか、いづなは言われるままに目を閉じる。
目を閉じて何も見えなくなった筈なのに、フラフラしていたいづなの式神の飛行が安定した。
そのまま仲良く飛行する二つの式神を見て、私は……。
「なんだか楽しそう……」
思わずそんな事を零してしまう。
「鍛錬なんだから、そう楽しいものじゃないわよ」
しかし、私の言葉は鈴奈に窘められた。
「そんな事よりいづなの傍に付いてあげて。多分ひっくり返るわよ」
「ええッ!? そういう事はもっと早く!」
慌てていづなのところへ駆け寄る私。
丁度いづなの体に私の手が届いたところで、いづなは膝からカクンと崩れ落ちた。
倒れるいづなを間一髪で受け止める。
ぶつけたりはしてないよね?
「いづな。大丈夫ですか?」
「ううぅ……。気持ち悪い……」
血の気の引いた顔でいづなが呟く。
これは視覚酔いというものですね。
本来、人の体というのは空を飛ぶようには出来ていません。
だからか、式神と感覚を共有し飛んでいると次第に平衡感覚が狂ってしまう。
地に脚が付いているのに、感覚だけが空を飛んでいるというチグハグな状態に肉体が混乱してしまうのです。
結果、今の様に立っていられなくなって倒れてしまう。
こればかりは馴れるしかない。と母上も鈴奈も言っていた。
「水を汲んでくるから、日影でいづなを休ませてあげて」
私は鈴奈に言われた通りに、日影のある場所にいづなを運び、その小さないづなの体を横たえる。
頭は……、流石に直接地面に落とすわけにはいかないので私の膝の上へ置く。
いづなの額に手を置くと、ほんの少し熱を感じた。
知恵熱かな? おそらく、かなりの集中をしていたのでしょう。
「ううぅ。ごめんなさい……」
「大丈夫ですよ。最初は誰もが通る道だと母上は言っていました」
「鈴奈お姉ちゃんも?」
「ええ。鈴奈も最初は倒れて真っ青になっていましたよ。それでも、徐々に馴れていくと言っていました」
「そっか。ならもっとたくさん練習しなきゃ……」
「もう。無理はいけませんよ。千里の道も一歩から。ですよ?」
「うん。わかった。――お姉ちゃんの手。冷たくて気持ち良い」
暫くして、いづなの呼吸が落ち着いて来る。
これならもう大丈夫でしょう。それに少しだけ治癒を使いましたからね。
私に出来る事と言えば、本当にこれくらいしかないのですから。
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