第12話 村長と祭りの準備

朝、いづなと境内の掃除をしていたら右岸と左岸の村長むらおさが揃って訪ねて来た。


「おはようございます」

「おはようございます。緋色の巫女様」

「おはようございます。緋色の巫女様。ご健勝そうで何よりですな」


ぺこりとお辞儀をした私に二人の村長は畏まった挨拶を返す。

右岸の村長はこの里で一番の長老さんです。

顔に刻まれた皺が年季を物語っていて、実際、領主様からの信頼も篤い里の重鎮さんです。

対して左岸の村長は確か領主様と同い年だったかな? 苦労性なのか髪に白いものが混じっているので実年齢より老け込んで見えてしまう。ただし、若くして村長の地位に就いたので実力はあるのだと、母上は言っていた。


それから、緋色の巫女というのは私の敬称です。

理由は簡単。私の瞳が朱色だから。

上代の一族は先祖代々赤みがかった瞳を持つ。そして、神力を使うと瞳の赤みがより強くなるそうです。

母上も力を使うときや感情が昂ぶった時などは赤銅色が強く出る。

それでも私の瞳ほど朱は強くない。

私が生まれた時、その朱色の瞳からお婆様は希望の子と言って喜んだそうです。しかし、蓋を開けてみれば、私は神術すら使えない軟弱な出来損ないでした。

お婆様もさぞ落胆したことでしょう。

唯一の治癒についてはお婆様が亡くなった後に目覚めた力で、もしお婆様が治癒の力を知ったら喜んで貰えていたのでしょうか……。


「お。その童が件のですな? おはよう。坊主」


右岸の村長が口端を上げ、ニカッと笑いながらいづなに声を掛けた。

その迫力に私の背に隠れているいづながビクッとする。

それでも意を決したのか背後から出て来て。


「お、おはようございます」

「ほうほう。なかなかに聡明そうな顔つきですな」


カッカッカッと、右岸の村長が笑うと驚いたいづなが再び私の影に隠れる。


「もう。余り揶揄わないでください。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ハッハッハッ。これは失敬」

「本日は田植え祭りの件で壱与様にお伺いを。それと先日獲れた鹿肉をお持ちしました」


左岸の村長が笹の葉に包まれたそれを差し出したので受け取る。

ずっしりと重い。

結構な量。そうなると今夜は鹿料理かな? 御馳走です。


「ありがとうございます。いづな。これを鈴奈に渡してきて下さい」

「うん」


鹿肉を受け取ったいづなが母屋へ駆けて行く。

その後ろ姿を見送りながら村長達を母上の居る拝殿へ案内する。

そういえば、もう田植え祭りの季節ですか。


田植え祭りとは、年に一度豊作を祈る祭事だ。

母上が祝詞をあげ、鈴奈の笛に合わせて私が神楽を舞う。

今年はいづなが居るから無様な姿は見せられないな。と気合が入ったのだった。


***


「それで、練習したいと?」

「うーん。そんなところ?」


社殿裏の隅でジト目になる鈴奈に私は苦笑いを浮かべた。

うん。他意は無い。決して他意は無いのだ。たぶん。


「まぁ、いいわ。ほら、やるわよ?」


鈴奈は篠笛を構えるとゆっくりと奏で始める。

それに合わせて私は足を踏み出す。

音色に合わせて神楽を舞う。

不思議と体が動く。

去年までは笛の音に合わせるのにやっとだったような気がするのに、不思議と体が軽い。

一通り舞った後、鈴奈が笛を止めた。

私の頬を一粒の汗が流れ落ちる。


「凄いわね。これって、いづな効果なのかしら?」

「あはは……」


二度目の苦笑いを浮かべる。

去年に比べて驚きの成長です。

この一年で私も成長したのだと実感する。

決して、鈴奈の言ういづな効果では無い筈。絶対に。たぶん……?

と、パチパチパチと拍手の音が聞こえてきた。


「お姉ちゃん。凄い!」


そこにはいづなが居た。

おかしいな。いづなは母上と一緒の筈だったのに。となると、もしかして最初から全部見られていた?

途端に頬が熱を持つ。恥ずかしい。

でも、失敗せずに舞えたのだから、これは私の面目躍如といったところでしょうか。

そんなことを思いながら、ありがとう。と、私はいづなの頭を撫でたのでした。

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