第11話 鍛錬と見学

社殿の裏手はちょっとした広場になっている。

此処は母上や鈴奈が主に神術の鍛錬で使用している場所。

そのため、私が此処を使う事は殆どありません。あるとすれば体術の稽古の時だけ。

つまり、神術の使えない私にとっては余り縁の無い場所なのです。

そんな社殿の裏手に私たちは来ています。

此処に来た理由は、母上がいづなに神術の手解きをするためです。


神術とは上代家に代々受け継がれてきた術。その体系。

そのため、上代の血筋だけが使えるというわけではない。故に神術に適正があれば誰でも使う事ができます。

問題は、その適性を持つ者が殆ど居ないという事。最低条件として、神力を視える目を持っている必要があります。

しかし、その最低条件を満たしているから使えるというわけでも無いのが神術の難しい処。

悔しい事に、私のように神力が視えているのに神術が使えない。使うに値する適性が無いという事もあるのです。

実際、里の者の中にも神力が視える者は居るには居る。しかし、無式をはっきりと視る事が出来るものは殆ど居ません。

それだけ神術の敷居は高いのです。


そんな事を考えていたら自身の不甲斐なさに嫌気がしそうになる。うん。これ以上この話を考えるのは止めましょう……。

私は、近くの丸太に腰を降ろして静かに溜息を吐き出した。


「いづな。まずは神術の源となる自身の神力を感じるところから始めてみましょうか?」

「はい。壱与様。お願いします」

「良い返事ですね。それでは深呼吸をしましょう。はい。吸ってー。吐いてー。それを暫く繰り返してください」


いづなはコクリと頷いて、すぅー。はぁー。と大きく呼吸を繰り返す。

母上は人差し指をいづなの心臓のある辺りの胸にそっと置く。そして、そこから神力を注ぎ始めた。


「私の神力を感じますか?」


コクリ。いづなが頷く。


「呼吸をする都度に、神力が全身を巡るのを感じますか?」


――コクリ。


「では、次はいづなの中の神力を意識しながら自分の掌に集めてみてください」

「は、はい……」

「大丈夫ですよ。それはあなた自身ですから、しっかりと意識してあげれば必ず応えてくれます」

「僕自身……」


母上がいづなから指を離す。

いづなの全身を巡っていた神力が一度心臓辺りに集まっていく。すると、今度はそれがいづなの腕へ移動し徐々に掌へと集まっていく。

やがて、いづなの掌から神力が零れ出た。


「わわッ!?」

「おおー。凄いね。こんなにあっさりと」

「ええ。これは鈴奈も負けていられませんね?」

「あはは……」

「壱希お姉ちゃん! やったよ!」


いづなが私の方を見て手を振った。

その嬉しそうな笑顔に私も手を振って答える。

ちゃんと笑顔も作る。うん。大丈夫。私はちゃんと笑えている筈。


「良かったね……。いづな……」


それから次の修練として、母上は神術を使った身体強化をいづなへ教えるようです。

身体強化は神術を使う者なら最初に覚えなければならない基礎中の基礎。

そうなると、きっと体を沢山動かして、沢山汗をかくだろうからお水を汲んで来よう。

私は、母上達にそれを伝えてその場を離れる。

母屋の裏手にある井戸まで来た私はペタンと腰を落とした。


「ああ。悔しいなぁ……」


思わず、本音が零れ落ちる。

やはり、いづなには神術の才能があった。

そうなると上代家で神術を使えないのは娘の私だけ……。

みんな先へ行ってしまう。私はずっと此処で足踏みしたまま。

ギュッと拳を握る。

掌に爪が食い込むのも気にせずに、強く強く――。


――コツンッ!!


「あぅッ。痛ッ!?」


何か堅い物に手の甲を叩かれて思わず悲鳴を上げた。


「ううぅ。なんなんですか! も、う――?」


そこに居た存在を見て私は目を丸くした。

そこに居たのは黒い鳥でした。

烏より二回りは大きい体に長い尾羽と特徴的な朱色の瞳。


「――って、黒じゃないですか。も、もしかして、突っついたのは黒なんですか?」


私は痛む手の甲を擦る。

目に見えて赤くなっていますね。爪が食い込んだ掌より痛いかも……。

黒と呼んだこの鳥は、ときどき社にやって来る変わった鳥です。

別段、餌付けしているわけでは無いのですが、ふらっとやって来ては母屋の縁側で母上と日向ぼっこをしているのをよく見かけます。

まるで人間みたい。

だからなのかはわからないけど黒は賢い。おそらく、人語を理解している。

今も、先ほどの私の問いに対して、首を横に振って否定している。

いえ。それ嘘をついていますよね? 絶対に私の手を突きましたよね?


――フルフル。


「はぁ……。もう良いです。なんだか水を差された気分です……」


大きな溜め息を吐いたところで、トンッ。と黒が私の膝の上に乗る。

そのまま座ってしまったので、私は立ち上がるに立ち上がれなくなってしまった。


「あの。出来れば降りていただきたいのですけど?」


そんな私の言葉を聞いているのか聞いていないのか黒は片羽を広げると毛繕いを初めてしまった。


「仕方ないですね」


私は、わっしゃわっしゃと黒を撫でまわす。

それが気持ち良いのか黒は目を細めて頭を垂れる。

何かこう良いように使われているような気がしますが、でも、黒の毛ってふわふわで気持ち良いんですよね。

黒の毛を堪能していると、なんだかウジウジしていた事がどうでも良くなってきました。

暫くして黒は満足したのかピョコリと起き上がって飛んで行ってしまう。

もう少し堪能していたかったのに残念。


「そうだ。お水を持って行かないと」


当初の目的を思い出した私は母上たちへ水を汲んでいった。

鍛錬上へ戻った私は、鈴奈といづなが突っ伏している惨状を目の当たりにし、苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


神術が使えなくて良かったのかもしれない……。

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