第10話 神術の適性

夕飯の後、神術の適性がいづなにある事を母上に話しました。

それを聞いた母上は、あらあら。と微笑んでから、膝の上で眠そうにしているいづなの頭を優しく撫でていた。

最近、夕食後の団欒は、母上の膝の上にいづなが居ることが多くなったような気がします。


上代家は代々女系の一族。

父が亡くなってからはずっと女三人なので、いづなが来るまでは男のおの字すらありませんでした。

だからか、母上はまるで息子が出来たかのようにいづなを可愛がっている。と思う。

いづなも母上に懐いているみたいで満更でもなさそうなのが、何故か悔しく思えてしまう。


母上。いづなの保護者は私なのですが……。


「明日にでもいづなの適性を調べてみましょうか。あなたは神術が使えませんからね。いづなが神術を使えるようになるのであれば、それは僥倖かもしれません」

「はい……」


母上の言葉に私は目を伏せる。

なぜなら母上の言葉の通り、私は神術を使えません。

神術の初歩の初歩とされる神力の発露すらできないのです。

ただし、結界基を構築している神力や無式を形作る神力を視る事はできます。だから、神力そのものは備わっている筈なのです。それなのに、それを行使する事はできません。

原因は分かりません。

そのため、結界基の見回りは、必ず鈴奈に同行して貰わなければならない始末。私では結界基を操作することが出来ないからです。

だからか、神術が使えずにずっと歯がゆい思いをしてきた私は、治癒の力に目覚めた時とても喜んびました。

これで私も母上の役に立てると。誰かのために力を使えるのだと。

まぁ、その結果、初めて行使した治癒の反動で一週間寝込み。母上に厳しく叱られたのは苦い思い出です。出来るなら忘れてしまいたいくらいの……。

ちなみに、私の治癒は神術とは毛色が違う。と、母上は言いました。

神術にも癒しの術はあるが、私の使う治癒ほど効果は高くないと。そもそも、神術は使用後の反動が無いのだから。


「そんな顔をしないでください」


私の表情に気付いた母上が慰めるように言葉を掛ける。


「あなたが神術を使えないのも、代わりに治癒の力が使えるのも、それは何か意味のあることだと私は考えています。それに、いづなが神術を扱えるようになれば、鈴奈の負担も減りますし、いづながあなたを支えることも出来るのですよ? 願っても無いことではないですか」

「それはそうですが……。それと、私はいづなの保護者ですから、支えてもらう必要は無いのですが?」

「ふふ。そう思っているのはあなただけかもしれませんよ? 何事も適材適所ですから」

「ううぅ……」


そう言って、口元を隠しクスクスと笑う母上。

これは揶揄われているのだろうか。しかし、いづなのこととなると母上も鈴奈も同じような思考なのはどうしてなのか……。

私から見て、いづなは可愛い弟のようなもの。むしろ、私が支えてあげたい側なのに。

――そういえば、いづなは私のことをどう考えているのでしょうか。

そんなことを考えながら視線をいづなへ向けると、既にいづなは母上の膝の上で眠っていた。

母上がいづなを床に連れて行った後、居間に残された私は洗い物を終えた鈴奈に先ほどの話のことで揶揄われるのでした。


解せぬ……。


***


「んん。壱希お姉ちゃん」

「あ、起こしちゃったかな?」


床に入ろうとしたらいづなが私の名を呼んだ。


「んんー。むにゃむにゃ」

「寝言かな?」


一体どんな夢を見ているのでしょうか?

ちょっと気になりますね。


「んん。僕頑張るから……、だから、行かないで……」


ツゥーっといづなの閉じられた瞼から涙が流れ落ちる。

そうだよね。

親に捨てられた記憶はそんな簡単に消えるものではない。

今のいづなにとっての拠り所は此処しかない。

だから、まだ幼いのに掃除や家事の手伝いをして私たちの役に立とうと頑張っている。

でも、そんなことなんて考えなくて良いのです。

私はあなたの手を離したりしない。だからね。今はまだたくさん頼って欲しいかな……。


「大丈夫ですよ。私は何処にもいきませんから」


そっといづなの手を握る。

小さな手。でも、とても暖かいその手をギュッと握って、いつしか眠りに落ちたのでした。

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