第9話 散歩と山菜採り

上代家にいづなが来てから一月ほどが経過したある日。


「本日は山菜採りを兼ねた遠征です!」

「「おー!」」


鈴奈の号令に合わせて私といづなが揃って返事をする。

遠征と言ったのは壱号結界基の見回りも兼ねているからです。

なお、弐号から伍号結界基については、本日別行動の母上が担当しています。

母上は夜が明ける前には出発していて、陽が沈む前に戻って来る予定。

里の外周を回る経路なので、どう考えても一日で終わる距離ではないのですが……。

そんな強行軍の母上とは違い、私たちは往復半日程なので昼過ぎには帰宅予定。

なお、いづなには結界基のことまでは伝えずに、大切な物の確認も兼ねているとだけ伝えています。

山菜だけなら裏山に入るだけで沢山採れてしまうからね。

普段より、早めに朝食を済ませた私たちは手早く山歩きの支度を整えた後、鈴奈の号令で出発した。


「いづな。大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫」


私から水筒を受け取ったいづなは、深呼吸をして息を整えてから水を飲む。

結界基までの道のりも半ばを過ぎたので此処で小休止です。

いづなは食生活が改善された事や境内の掃除、それと里の子たちとの交流を通じて身体や体力も歳相応になりつつある。

流石に慣れない山道ともなると体力的にきついようですが、こればかりは仕方ない。

やはり、里の子供たちと比べるとまだ身体も細いし、体力面も一回り劣っていた。

ただ、いづなの体力を想定した道のりは当初想定していたよりも順調に進んでいました。

うん。子供の成長って凄いなぁ。と実感する。

思わず頬が緩みそうになってしまう。それを気付かれないように顔を移動させて、結界基へ通じる道を見た。と言ってもそこに整備された道はありません。勿論、獣道と呼べるような物さえありません。

そうなのです。月一回程度の見回りだと道と呼べるものは出来ないのです。私達の歩いた後が道に……すらなりません。

何も知らない者が踏み込んだら確実に迷子でしょう。

なお、私と鈴奈が迷わないのは目印を分かっているからです。


「そろそろ出発しましょうか」


少し長めの休憩をしてから私達は再び歩き出す。

それから小一時間ほど歩くと目的の場所へ到着した。

そこは周囲の木々が間引かれて、ちょっとした広場になっている。

中央には如何にも人為的に造りましたと言わんばかりに人の体くらいの岩が五芒星を書くように並べ置かれてある。

そう。これが里を守る結界基。その壱ご――。


「あれ? いづな??」


いづなが五芒星に置かれた岩の脇を通り抜けていく。

そして、いづなはこの辺りで一番太い樹の場所で止まった。


「壱希お姉ちゃん! すごい。これ光ってるよ!!」

「嘘ッ……!?」

「噓、でしょ……?」


いづなが指差した物を見た私と鈴奈は揃って驚きの声を漏らした。

そこにあったのは大樹の根に飲み込まれるように鎮座した人の頭程の岩。

実は、いづなが指差した岩こそが本物の結界基なのだ。で、こちらに如何にもな形に置かれている岩は全てただの岩。つまり偽物。

言うなれば、岩を隠すなら岩の傍と言ったところでしょうか。

そして、本物の結界基は神術によって守られているため普通の人が見ても何の変哲も無いただの岩にしか見えません。

そもそも意識させないような術が施されているので、認識出来ることが稀有なのです。

認識できるという事は、つまるところ神術の才があるということになります。それもとても有能な……。


「鈴奈。無式の準備をお願いします」

「ええ。わかったわ」


私は鈴奈に指示を出してから、いづなのところへ歩いていく。


「いづな。よく見つけられましたね」


いづなの頭を撫でる。


「じゃあ、これがお姉ちゃんたちが言ってた大事な物?」

「はい。そうですよ。まさか、いづながこんなに簡単に見つけてしまうなんて思いませんでした」

「えへへ。そこの並んでる岩も凄いけど、こっちのは青白く光ってたし、それに、なんだか優しくて暖かい感じがするよ!」

「いづなには才能があるのかもしれませんね。――鈴奈お願いします」

「はーい」


鈴奈がそれを私達の方へ飛ばす。

いづなは、それをはっきりと目で追った。それから、それに対して手を差し出す。

それは、差し出されたいづなの手の上にパタパタと着地する。


「透明な青い鳥?」


いづなの言葉の通り、そこには透き通る青い鳥がとまっていた。

この青い鳥は、さきほど私が鈴奈にお願いした無式という神術です。

無式とは、所謂、式神。

形代を使って顕現される式神と違って、無式は形代を用いずに直接術者の神力を使って顕現させているのが大きな違いです。

故に、無式は実体が無く、神術に適正の無い者では認識する事すら出来ません。

とても隠密性の高い術なのです。

まぁ、実体が無いから出来る事も大変に限られているのですけど……。


「これは何というか、見事に視えてるわね?」

「そうですね。帰ったら母上にお話ししないといけません」


それから私たちは結界基の状態を確認する。

結界基に問題が無いことを確認した後、山菜を採りながら帰路についた。

そういえば、父上も神術に適性があったと幼い頃に母上から聞かされた事があったな。なんてことを帰り際に思い出したのでした。

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