第8話 宵の中で
夜の帳が降りると気温も一段と下がって囲炉裏の熱が恋しくなってくる。
そんな中、私と鈴奈、そして、いづなは寝室へと移動していた。
いづなをおんぶした私の前で鈴奈が手早く三人分の布団を川の字になるように敷いて寝床を用意してくれる。
なお、母上は別室です。
うつらうつらと船を漕いでいるいづなを布団に寝かせると、直ぐに小さな寝息を立てはじめた。
うん。ぐっすりですね。
先ほどの家族会議でも気を使わせてしまったし、昼間は私を手伝って掃除を頑張ってくれたのだから、心身ともに疲れが出たのでしょう。
「壱希。灯りを消すわよ?」
「うん。お願い」
鈴奈が灯りの火を落とす。あっという間に室内が闇に包まれた。
それでも直ぐに暗闇に目が慣れて室内の輪郭が薄っすらと判別できるようになる。
「壱希……」
「……うん」
鈴奈の呼びかけに短く返事を返す。
「良かったわね」
「うん」
「これで、上代家の跡目問題も解決ね」
「――ぶふッ!?」
思わず吹き出してしまった。
サッと横を見て、いづなが起きてしまっていないかを確認。
良かった熟睡していました。
「ななな、何を言っているのですかッ!?」
いづなを起こさないよう小声で文句を言う。
「あら。違ったの?」
「違います。そんなことは全く――」
「でも、顔。真っ赤よ」
「え?」
反射的に手で顔を覆う。
そして、気付く。今の室内の暗さでは私の表情も顔色も鈴奈には見えていないのでは? と。
「ふふふ。冗談よ。冗談」
「鈴奈ぁ~?」
「怒らない。怒らない。いづなが起きるわよ?」
「う、ぐッ……」
「――でもね。正直、壱希がそこまでちゃんと考えているとは思わなかったわ。それとね。いづなは里の外の子よ。だからあなたがしっかり守ってあげるのよ? 私も出来る限りのことはするから」
「うん。ありがとう」
それ以上、鈴奈からの言葉はありませんでした。
きっと寝てしまったのでしょう。
穏やかな呼気だけが耳に届く。
だから、私も目を閉じる。
今日はいろいろなことがありました。だけど、それ以上にたくさんのことが明日からもきっと続いていく。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、きっと、たくさんの経験をこれからも――。
***
月明りに照らされた縁側で壱与は一人座っていた。
夜風が頬に触れる。
春先とはいえ、この時間ともなると風はひんやりとした冷たさを孕んでいた。
長く夜風に晒されていると体が冷えてしまいそうなものだが、壱与は気にする素振りも見せずに、ぼー。っと、空に浮かぶ月をその赤銅色の瞳で見つめる。
「あの童を招いたのはあなたですね?」
不意に壱与が言葉を発した。
視線は月から逸らさずに、しかし何者かへ向けて。
『そうだ』
返事があった。
しかし、壱与の周囲には何も居ない。
ただ声だけが闇の中から投げ返されていた。
「理由を――。と言ってもどうせ話してはくれないのでしょうね」
『……』
はぁ。と壱与は溜息を吐く。
案の定返答はない。とはいえ、予想はつく。
おそらくは壱希の力の確認だ。だから、いづなが此処に助けを呼びに来なくても、壱希が治癒の直後に倒れていても、壱与の下に知らせが届き壱希は助かるのだ。そこに、いづなの生死は含まれていないのだろうが……。
「あの子は、期待に応えられましたか?」
皮肉を込めて言葉を投げた。
もちろん、壱与は答えを期待していたわけではないのだが――。
『良好だ』
返答があったことに壱与は声の主へと視線を動かす。
しかし、そこには月の光でできた影があるばかり。
はぁ。と深いため息を吐いて。それから壱与は視線を再び月へと戻したのだった。
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