第7話 家族が増える

夕食を済ませた後、私たちは居間の囲炉裏を囲むようにして座っていた。

そう。これは家族会議です。

と言ってもこれは最終確認に過ぎない。

いわば通過儀礼。

それに、いづながあそこに居た理由を私は知ってしまったのです。

いづなの言葉を聞いて、手を差し伸べてしまった以上、私にはその責務が生じます。

だから、私は私自身の考えを曲げる事も否定する事もしない。

境内で事の顛末を話してくれたいづなは母上にもその事を話したと言っていた。

それもそうです。私が三日間眠りこけている間、母上が何もせずにいづなを此処に置いておくわけがありません。そうでなければ、いづなは此処には居なかったかもしれないのですから……。

そして、当のいづなは現在母上の膝の上にちょこんと座っていた。

あ、ちょっとだけ頭が船を漕いでいます。今日はお掃除頑張ったものね。囲炉裏のほど良い熱で眠くなってしまうのは無理もないでしょう。


「壱希」

「は、はい」


いづなを見て頬が緩みそうになった私の名を母上が呼ぶ。

私の背筋が一瞬で伸びる。もはや条件反射に近い。

母上は穏やかな微笑みを浮かべている筈なのに、その赤銅色の瞳には感情の色が見えず、ただ私を射抜いて離さない。

目を逸らす事も出来ない。私の背中を冷たいものが流れ落ちていく。


「いづなから話は聞いています。命を救ったという点で見ればあなたのしたことは立派です」

「――ぁ、ありがとうございます……」

「しかし、あなたの力を里の外の者が知ってしまったというのも事実」

「――ひッぅ!?」


母上の言葉に、私の口から声にならない悲鳴が漏れた。


「いづなが里の子でないのは最初から分かっていた筈です。本来ならばしかるべき処置をするところですが、あなたは誰に知らせることもせずにこの子を助けた」


言って、母上はいづなの頭を優しく撫でる。

いづなは殆ど寝入ってしまっているのか、少し体を動かしただけで気持ちよさそうに目を閉じてしまった。

なんというか、恐怖の中に癒しがあります。

なんでしょうかこれは……。気を抜くと頬が緩みそうになるのに、母上の視線と場の空気がそれを許さない。

とても辛く厳しい状況。

ですが、そうも言ってはいられません。

私は、煩悩を振り払うと、母上を真っ直ぐに見つめ返した。


「それについては私も理解しています」


(――だから、意思を確認した)


「ですが、生きたいのにただ死を待つだけの子を放っておくことは出来ません」


(――だから、手を差し伸べた)


「誰に何と言われようと、助けたのは私の意思です」


(――だから、決して折れない。折れてはいけない)


「里の掟も知っています。ならば、いづなは私が庇護します。責任は私が持ちます!」


(――だから、繋いだ命は決して離しはしない)


言った。

言って、しまいました。

ドクン。ドクン。と私自身の鼓動が跳ねるのが分かります。

母上は私を真っ直ぐに見つめていました。

そして、膝の上のいづなは私の声に驚いたのか、目を開けてポカンとしています。


「ふふふ」


母上が口元を押さえて笑う。

その瞳には優しい光が浮かんでいる?


「あ、あの。母上?」

「ふふふ。てっきり助力を請うのかと思っていましたが、まさかそこまで考えていたなんて。正直驚きました」

「ふぇ?」


母上の言葉に、思わず気の抜けた声が出てしまう。

いや、だって、あの視線はそんな生優しいものでは無かったですよね?


「その言葉の通り、しっかり面倒を見るのですよ? 私も助力は惜しみませんから」

「良かったじゃない。ちゃんとお許しが出て」


今まで完全に気配を消し、傍観者を貫いていた鈴奈が慰めの言葉を掛けてくれる。

うん。わかるよ。でも、私としてはもっと存在感を出して欲しかったかな。鈴奈さん?


「そんな目をしたって、発端は全部壱希なんだからね?」

「うう。鈴奈の意地悪ぅ……」


思わず恨み節が出る。


「さ。行きなさい」

「ぅ、うん」


そんな私達の様子を見ていた母上は、膝の上に座らせていたいづなを立たせると、そっと背中を押して送り出す。

いづなはトコトコと私の下に来ると、恥ずかしそうに頬を掻いて、それから口を開いた。


「そ、その……。ありがとう。壱希お姉ちゃん。これからよろしくお願いしまー―」

「い、いづなぁ……」

「――わわッ!?」


思わず私はいづなを抱きしめていた。

痩せて骨ばった華奢な体。

でも、そこには確かに暖かないづなの体温が感じられる。

この子の命の灯火を消さなくて良かった。と。そして、だからこそ、私は私のした事を後悔はしない。


「うん。これからもよろしくね」


こうして、私が拾った男の子は我が家の一員となったのです。

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